「四ノ宮絹子はけして、名探偵ではなかったと俺は思う」
福留の突然の言葉に、運転席の武内は後部座席を見遣った。前向け馬鹿、と怒られた。
「……それで、トメさんはどうして彼女が名探偵ではないと思うんですか? 彼女の態度は堂に入っていましたよ」
福留は、ゆっくりと、話し始めた。言葉を慎重に選んでいるようだった。
「……彼女にとっての『探偵』は優越感を得るための手段だったんじゃないか。特異な環境で、特異な事態を、得意になって解決している、自分。他人とは違う自分……。
皆が抱く『他人とは違う自分』への憧れを、彼女は強引に実現していた……。
言葉の端々から、そんな優越感が伝わってきた。それで俺は、あの女が嫌いなんだ」
「でも彼女は事件解決に熱心でした。
それは良い事ですよ」
「何でもない事件でも、時に彼女は強引なこじつけで『トリック』を作り出した。特異な環境を自分で作り出して……。
結果的に犯人が合っているから、ことなきを得ていただけで、危ない橋を何度も渡ったよ。
その度、頭を下げてきたのは、俺だ。
『犯人は捕まったから、よかったじゃないか』
喝采を浴びるのはあいつだ。
『まだ犯人が捕まらないのかね』
白い目で見られるのは俺だ。
探偵なんて道楽なんだよ。あいつらに責任なんかないからな。
だが俺にとっての『事件の解決』は、職業に付き纏う責務だ。当たり前のことだ……。
だから俺は探偵が嫌いなんだ」
「…………」
もはや武内には、何も言えなかった。何を言っても無駄だと思った。
「あの女は遊びたかったんだ。他人とは違う自分ごっこ、それをやってたんだ。信念も正義もそこには無い。だから俺は四ノ宮絹子が嫌いなんだ……!」
「……信念なんてそんな大それたもの、僕にもありませんがねえ」
せめて明るくつとめよう、と、武内はおどけた。
「……俺にも無いんだ。信念なんか。おかしいよな。じゃあなんで警察官なんだ?
俺も、警察官という別の自分を被って、優越感に浸っているだけなんじゃないのか!」
「…………トメさん……」
赤ら顔の先輩刑事が、目を腫らしている。
上司の顔色を伺いながら、一方で高圧的に怒鳴ったりもする。どちらも本当にやりたかった事ではなかったと、福留は気付いているのだ。あの、四ノ宮絹子は、福留にとって合わせ鏡だったのか。
福留は福留にしかわからない何かを、四ノ宮絹子から感じたのだろう。
「……だから俺は俺のこと嫌いなんだ……」
武内はいつか福留に尋ねてみようと思った。
あなたはどうして、
刑事になったんですか。
あなたはどこで、
信念を無くしてしまったんですか。
二人の乗ったパトカーは、都会の喧騒に消えていった。
彼らが通りすぎた裏路地に、その日一軒の探偵事務所が開業した。
探偵は、信念と正義感に溢れた、心優しい一人の少女。
業務内容は、『妖怪関係事件の調査』専門。
いつかくる敵との闘いのために、彼女は見聞を広め、強くなろうとしている。
強く生きようとしている。
姫村探偵事務所は、そんな少女の探偵事務所。
―――そう、
彼女は名探偵である。
フラリと現場にやってきては、的確な思考と判断のもとに、罪に正義の鉄槌を下す。
だが築きあげた正義の城は、どの方向からでも崩れる脆い城。
もし罪人が信じたものを無くした人だったら、
彼女は温かい手を差し延べるのだ。
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