名推理 ★1
 勝負服の濃紺のスーツに身を包んだ絹子は、背筋を伸ばし気を引き締め、推理を始めた。誰かが唾を飲む音がお堂に響いた。

「まず、事件の発端は紀明さん事件まで遡ります。
 犯人は、前々から純一さん殺害を計画していた。純一さんを殺害するために、紀明さんをも殺害したの」
「――つまり、馬越親子殺害犯は同一人物」
 と本間。
「ええ。紀明を殺せば、遺産目当てに純一さんもやってくるとふんだのね。純一さんは金銭が入り用でしたから。そして必然的に、この事件のは馬越親子の内情をよく知る人物、つねに紀明さんの近くにいた者の犯行。
 本間さんと真洋さんは除外されますわ」

 本間は張っていた肩を下ろし、姿勢を崩した。

「さて、まんまと純一さんを呼び寄せた犯人。しかし、困った事態に陥った。私の存在と、純一さんのビビリに、ね。本来の計画では、純一さんは墓地で殺害する予定だった」
 絹子は一同を引き連れ、墓地へとやってきた。
 最初から墓地でやればいいのに、と真洋が愚痴るが、謎解きの肝をまるで理解していないのと絹子は思う。
 洋館や崖っぷちで、勿体つけながら回りくどくするのが「推理」というものだ。
 絹子も、「推理」中に流れる、自分を中心にした空気が好きだった。

「皆さん。墓穴の中をご覧下さい」
 葬儀社の藤岡が「死者への冒涜だ」と拒んだが、福留が、「推理大会が終わんないから、開けてやんなさい」と凄むと、渋々ながら承諾した。

 一同は、穴の中に入った絹子を見る。穴は狭く、天井も低い。大人が、2人くらい、入れるかどうかが関の山だ。棺が一つ、安置されている。
 腰を屈めて棺に寄って行った絹子は、ゆっくりと蓋を開いた。
 石黒が、短い悲鳴をあげた。
 ――棺の中には、誰も、何も、なかった。

「そんな!紀明の死体が!?」
 福留が墓穴に突進するような格好で、中を覗きこんだ。
「……まさか、ホントに紀明が生き返って、ドラ息子を…?」
 膝をふるわせる。
「――冗談言うんじゃないわよ。そんな馬鹿な事、あるわけないじゃない。簡単よ。この中には最初から、遺体など入っていなかったのよ」
「―――どういう事だ?」


「この中に潜んでいたのは、犯人よ」

 一同が注視する中、絹子は話を続けていく。

「覚えてる?馬越家に運び込まれた棺は二つ。
一つは、藤岡さんが売り込んで、葬儀に使う事になった『松タイプ』の豪華な棺。
もう一つは、紀明さんの遺体が一時的に保管されていた『簡易棺』。
犯人は、この二つの棺を利用したの。
式の前日、紀明さんは簡易棺から松の棺に移しかえられたのよ。明日式場に運ばれる、松の棺に。簡易棺は空になる。
その後犯人は、
棺桶の蓋を入れ替えた。
『松の棺(紀明在中)』に、『簡易棺』の蓋。
『簡易棺(空)』に、『松の棺』の蓋。
こうしてしまうと、素人には、入れ代わりはわからないでしょう。棺の下のほうは、どうせ藤岡さんが布にくるんじゃうんですから。私はわかりましたが。

――そして犯人は翌日、墓地に運ばれる『豪華な蓋の簡易棺』に忍び込んだ。まんまと、誰にも知られず、かつ群集の手で墓地へ向かうために。そして墓地で、二人きりになった時を狙い――おそらく、墓穴への入棺時か、会食時の隙をついて――純一さんを殺害する予定だった」

 気分よく推論を展開してゆく絹子に、真洋や時坂ら、これまで興味を示さなかった連中が、熱く鋭い視線を送っている。絹子の高ぶりが止まらない。

「―――ところが純一さんは犯人の影に怯え、馬越家に居残ってしまった。そこで犯人は、墓地に運ばれた後に、馬越家まで戻り純一さんを殺害しなければならなくなった。
―――もっともこれが、結果的に、『馬越家に居なかった筈の人物が馬越純一を殺した』という不可能犯罪を生み出す、ケガの功名となったわけだけど。
とにかく犯人は、葬儀の間に純一さんを殺し、何食わぬ顔で会食の場に戻りアリバイを作った」

 事件の輪郭を浮き彫りにする。絹子は、とどめに入った。

「つまり犯人は、『出掛ける振りをして棺に潜み、葬儀に出席しない大義名分を持ち、かつ会食の場には姿を現せる』……」

 全員が、一人の男のほうを見ていた。その隣に座っていた石黒など、恐怖感からか、何メートルも後ずさっている。



「阿沼浩平。犯人はあなたよ」


 阿沼は、薄笑いを浮かべ、無精髭を撫で付けた。

「――それに、紀明さんの遺体が入った棺を処分し、『阿沼さんと会食の準備をした』という偽証をした、あなた。
―――藤岡貞之。あなたも犯罪者よ」

 藤岡が渋い顔をした。阿沼と目を合わせ、何事か口をぱくぱくさせる。金魚のような仕草だった。
 時坂も真洋も、福留も、絹子に完全に見とれている。

「……待ってくれ。俺が犯人だとしたら…どうやって墓から抜け出した?葬儀の時には、参列者が何十人も墓の入口を監視していただろ!」
 阿沼のアリバイが無いのは、葬儀の時だけ。その間に墓から出る事ができないのだから、阿沼に犯行は不可能だ。
 絹子は髪をかきあげて、勝ち誇ったような笑い顔を見せた。

「ご覧なさい。これが、あたしが藤岡さんも共犯だと思いついたポイント。そして、貴方のアリバイを崩す、一撃よ」

 そうして、石作りの床を思い切り踏み付けた。
 がこっ、と何かこすれる音がして、床がぬけた。一同が、おおっ、と息を飲んだ。

「――私最初から、おかしいと思っていたのよ。この墓の中、天井が低すぎるの。女の私でも、しゃがまないと入れない。それで、考えたの。
床下の存在する、可能性を。
ご覧のとおりだったわ」

 福留が武内に命じて、確認させた。身をよじりながら墓内に入った武内は、
「―――確かに、もう一つ、部屋があります。大人ひとりくらいなら通れそうな、地下道も」

 藤岡が呆然としている。

「当初の予定では、この地下道を使って逃走する予定だった。そして実際には、葬式を抜け出して馬越家に忍び込むために使った……。おそらく、この道は、馬越家のどこかに繋がっているはずよ。そして、こんな地下道を作れるのは、葬儀社の藤岡だけ」

 阿沼が、そわそわとあたりを伺っていた。もはや言い逃れできない事を、身に染みてわかっているのだ。棺に染みたタバコの臭いも、彼が棺に潜んでいた証拠なのだから。

「動機は何かしら。怨恨?――例えば、阿沼さん、あなた紀明の隠し子だ、とか」

 ハッと阿沼が顔をあげた。

 やはり、ね。
 顔には出さないが、絹子はほくそ笑んだ。探偵は何でもお見通しなのだ。

「調べれば、わかるでしょうけど……。そうね、本妻の息子純一だけがのんべんだらりと暮らしている。それが悔しかっためかけの息子、つまりあなたは、馬越親子に近付き……ってところね」

 一瞬、阿沼の顔がくしゃくしゃに歪んだ。
 時坂が悲しげに目を伏せた。刹那、時間の止まったような無常感が、墓地全体に押し寄せた。
 気付けば、橙色の夕日が、もうそろそろ山蔭に沈むところであった。

 阿沼と藤岡は、犯行を認めた。


 殺人犯にも、悲しい過去が隠れている。それを暴き、ケアへの道を照らしてやる。それもまた、探偵の仕事なのだ。役目を全てまっとうし、一つの悲しみを終わらせた。絹子は、その髪をかきあげた。





 馬越家の事件は、終わった。
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匿名読者
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