「まじで言ってんの、それ」
純一が茶化す。絹子は意に介さず、
「警察は無能ですわ。あんなにわかりやすいものを、見落としているんだから……」
そう言って自信たっぷりに取り出したのは、デジタルカメラ。足跡の写真だった。
「この足跡は、かかと側に重心が大きくかかってるわ。土のめくれも、やはりかかと側に盛り上がりが激しい」
「―――ほお。つまり、後ろ向きに歩いてつけられた足跡だ、と言いたいわけじゃな」
老人が鴨を咀嚼しながら言った。一同がざわつく。
「そういう事になりますわね」
「外部犯に見せ掛けておるわけか」
「そ、そんな!」
阿沼コックが動揺している。内部犯だとわかったのだから、仕方がないだろう。
「マジかよ!」と純一。
「まずい事になったのお」と時坂。
「でも、それだけで外部犯でないと決めつけるのは……」と阿沼。
「そうです、物証が乏しいですよ」と本間。
「―――警察の奴らが、適当な捜査で他の足跡などの物証を踏み荒らしてしまったのよ。残念だわ、わたしが捜査を許してもらえていれば……、でも、これは内部犯に間違いない」と絹子。
いままで、どこか「強盗の仕業」と安心していた馬越家関係者だったが、今の絹子の推理に、酷く狼狽し始めた。
石黒は卒倒し、阿沼は滝のように汗をかいている。本間は比較的落ち着いていたが、銀紙を噛み潰したような渋い表情。真洋は絹子と一瞬目を合わせたが、ぷいとそっぽを向いてしまった。まだ年端のいかぬ少女だ、不安から強がっているのだろう。
「―――とにかく、内部犯でも、もうこの屋敷にいないかもしれないし」
「希望的観測ね。こーゆー場合、第二第三の殺人が起こるものよ」
「そうじゃな。多分、この家は危険じゃな」
「殺人者がまだここにいるってか?ザケんな!」
「落ち着きなさい純一くん」
「……真洋、大丈夫か?」
「大丈夫もなにも、アホくさ……」
狂乱のボルテージが、メーターを振り切った。そしてついに、
「―――こんな、殺人者がいるような場所で飯が食えるか!俺は二階の部屋に行く!式が終わるまで、一歩も出ないぞ!」
と怒声をあげた純一は、椅子を蹴飛ばしてた。目が血走り、体中わなわなと震えている。
「おい、喪主はどうするんじゃ」
時坂の問いにも、テメエがやれよクソじじい、と怒鳴り、襖を乱暴に開閉して退席した。
不穏な空気。ぎすぎすしはじめた。
誰もが、隣に座っている人間をにわかに疑いだす。
「事件」が真に始まる瞬間。
絹子はついに、作り出したのである。目の前にある危機を
姫村真洋は、縁側に腰を下ろし、月を眺めていた。庭の草花が月光に青白く浮き上がり、どこか幻想的な静けさに包まれている。
やがて、雲が月にかかり、青い闇が真洋の顔に差し込んだ。なんだろうか、嫌な気配を感じる。
「ねむれないのか?」
本間晃一だった。廊下の向こうから、ゆっくりと真洋のほうへとやってくる。
「そーゆーわけじゃないけどね」
真洋は足をばたつかせた。
冷えた空気が撹拌される。
「俺は、眠れないよ。殺人犯がいるわけじゃないか。恐いよ、やっぱり」
「あたしがそうかもよ」
「うわ助けてくれい」
「……犯人、どこにいるのかなあ」
――そう、この闇のどこかに、殺人者が、息を潜めているのだろうか。
「ねえ。あたしやっぱり、あの絹子って人が信念で探偵やってるとは思えないんだ。見た? 皆の前で推理を開陳するあの人の、嬉しそうな顔……」
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