本編 ★1
 太平洋を赤道上に望んだ先、その雄大なる青海の只中に浮かぶ造られた島――〈アトラポリス〉
 日本列島の面積をゆうに超えるその土地を大掛かりにリンクする連絡路――〈ライン・ウェイ〉は、今日も人々を繋ぎ、導いていた。



 僅かな喧騒。水素エンジンを回転させながら風を切るハイドリックマシンたちが、防音壁の向こうからまるで輪唱の如く〈ライン・ウェイ〉の内外に和音を紡ぐ。
 その音たちの傍ら――〈ライン・ウェイ〉への乗入口付近にエンジンを止めて佇むバイクが一台。跨るライダースーツの男は、ただひたすらそこに留まり、じっと何かを待つようにハンドルを握っている。スーツと同じクローム・ホワイトに塗装された車体には、「L.W.O.L.F.」の黒文字が記されていた。
 僅かな喧騒に押し黙るように均衡を保っていた静寂が、不意に破られる。第一声は、入電を知らせる電子音だった。
『管制局からSR‐103へ入電。〈ライン・ウェイ〉リージョン・イースト二号線上り、監視ポイントA‐08にて速度規定違反を確認、約三十秒後に次のポイントを通過すると予測されます。至急ポイント通過時に追跡し、停止させて下さい』
 フルフェイスに内蔵されたスピーカーから、淡泊な女性オペレーターの声が発せられる。〈ライン・ウェイ〉上に等間隔で設置された監視オービスが、一台の違反車両を捕捉したのだ。
 男は黙って通信を聞き届けると、ハンドル手前のキーをイグニッションの位置に回した。水素エンジンが勢い良く唸り声を上げ、回転を始める。
『ポイント通過まで、あと十秒』
 エンジンが始動しきったタイミングで、再び無機質な声がフルフェイス内に響く。白い車体は獲物を前に猛る獣となって、低い唸りを漏らす。
『五、四、三、二、一』
 ゼロ。右手で捻り込んだスロットルに合わせて、後輪が掻きむしるように空転する。そこから一秒も掛からずに路面をとらえると、白き獣は猛然と駆け出した。
『システム、ターゲット追跡モードに切り替えます』
 風音の遮られたフルフェイスの中に、車体制御システムの音声が響く。男はサイレンを起動させながら〈ライン・ウェイ〉本線へと乗り入れ、“追跡”を開始した
『サイレンシステムによる一般車両の徐行勧告、ほぼ完了。防壁展開開始』
 まるで迎え入れるかの如く車道の両端に整列し、徐行する一般車両。それらの横から、堅牢な防壁が地面から生えるように展開されていく。防壁が展開しきるのを確認すると、男は再びスロットルを全開にした。
『目標、前方約二五〇メートルを走行中』
 五〇、一〇〇、一五〇……二〇〇キロ。風をも追い抜かんと加速する白き獣が四車線となった〈ライン・ウェイ〉を駆け抜け、獲物を追う。
『目標を捕捉。通信開始します』
 瞬く間に違反車両の姿を捉えて速度を合わせると、男はその運転者に警告を出した。
「違反者に告ぐ。即座に減速し、車両を停止させよ。繰り返す。即座に減速し、車両を停止させよ」
 機械のように規則的なトーンで呼び掛けてから数秒、約五〇メートル前方を走っていた違反車両がアクセルを緩める。それに合わせて男もスロットルを緩め、速度を合わせつつ距離を詰める。
 距離は徐々に詰まり、いよいよ三〇メートルを切ろうとする――が、その後の段取りは赤く発光するブレーキランプの肉迫によって乱され、崩れ去った。
『危険、接触します』
 制御システムの警告より僅か早く、男は車体を左に傾け回避する。紅い影がすぐ横をかすめて背後に流れてゆくのを見届け、すぐさまブレーキを掛けて再び背後へと回り込もうとする。しかし相手はこちらに合わせ減速するため、併走状態となってしまう。
『目標の命令違反、及び妨害行為を確認しました。管理局に強制停止の執行許可を申請します』
 フルフェイス内の音声も気にする事無く、男は何とか車体を背後に回り込ませようとする。接触しかねない距離の中で辛うじて回り込むと、目標はブレーキランプを消灯して急加速してしまった。
「くっ……」
 出し抜かれた事に多少の憤りを覚えつつ、勢い良くスロットルを捻って再加速する。真紅の姿が急激に遠ざかってゆこうとするのを見据えて、白き獣は再び哮った。
『目標との距離、約一五〇メートルです』
 エンジンの獰猛な唸り声と共に、再び時速一〇〇キロを超えて加速していく。目の前の景色と周囲を包む空気が自身の背面へと流れていくのを感じながら、男は正面の“獲物”を睨み付けた。
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匿名読者
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