【追】14章目 ★2
 その日、私は消えるはずだった。しかし、殺人を実行しなかったためか、私の人格は未だ残り続けている。そうだ、彼の中の殺意はまだ残っている。だが、何故だろう。もうあの男を見ても、どうこうしようという意思は沸いて来ない。罰は済んだというのだろうか。

「あぁ、びっくりした。カスミ君……? 何がいったいどうなってるの?」

 私達はまだ電車に乗ってはいなかった。数人ほど人間があたりを取り囲んでいる。数分もすれば、駅員が異変に気づくだろう。

「……どうすればいいの?」

 奈月さんに言ったのだろうか。しかし、奈月さんが頭を傾げるのを確認しても、まるで気にも留めていない風だった。

 胸を少し掴む。もう一度ねぇと呟いた。まるで、自分自身に言っているようだった。

 やっと気付いた。カスミ君は私に話していた。私も少し考えた。その間にも駅員が「どうかしましたか?」と走り寄って来た。

 ……とりあえず、その男を病院に返して。私達も離れましょうか。

 奈月さんの手をつかんだ。俊夫さんにも一旦離れるよう指示を出した。

 


 せっかく外に出たというのに、また帰らされて俊夫さんはぶつぶつと恨み事のように呟き、狭い道へと帰って行った。

 振り向けば駅が見え、雨の降りそうな中奈月さんと二人っきりになった。

「カスミ君……。あのね、そのこれ……」

 そぉっと見せられたのは、手紙だった。封筒から出されていた。

 カスミ君は柄にもなく、顔を赤くした。鼓動も激しかった。

 あの恥ずかしい文面は、自分がもう奈月さんに逢う事はないだろう、と思って書いたものであって、こうして面と向かって話す事になるだろうとは思っていなかったのだろう。確か、本当は僕も君の事が好きなんだよ。とかも書かれていた。

「やめてくれよ。あれは、その……勢いというか、文のリズムを作るために、仕方ない事だったんだよ」

「? ……仕方ないこと?」

「あっ、いや……こっちの話」

 だから、外の人間には勘違いされるんだから、私との会話は家以外ではしない方がいいのよ。

「私、その……よくわからないんだけど。これ振られたんだよね、その、初めの方は好き、とか書かれてるけど、最後はごめんなさいって。あの……本当のところはどうなのかなって……」

 もう、自由の身となった今のカスミ君ならば、どんな答えを言うべきか決まっていた。

 が、しかし。ここはロマンチックを優先した方がいいだろう。今日は彼女の誕生日。どうやら彼女自身忘れているようだし。つまり、彼女に悟られないようにプレゼントを買ってあげるのだ。私がついているから、大丈夫。とりあえず駅にまた戻りましょ。

「え、えっと。だから答えは……」

 今日もデートしよう。それで決めよう。って。

「今日もデートしようよ。それで、決めよう」

「決めようって……決まってないの? じゃ、この手紙は?」

「う、うん……。うん?」

 私に聞かれても……。さて、困ったな。こう言う場合はねぇ……。

 走って、誤魔化しましょう!

 言われた通り馬鹿正直に駅に向かって、走って行った。駅に、とは言ったつもりはなかったが、プレゼントを買うとなれば、やはりこの街では心苦しいと思ったのかもしれない。

 改札を過ぎて、振り向かせた。彼女は息を切らせて追いかけてきた。

「なに、なんなのよ」

 階段を降りようとした。しかし、下では無数の靴の音が鳴っていた。下を見ると、人がぞろぞろと階段を上がってくる。どうやらもう電車は来てしまっているみたいだった。

 しまった、と思った。焦っているわけではないが、乗り過ごすのも時間を無駄にする気がして嫌だった。奈月さんは今やっと改札を通ったところだった。彼女と一緒に電車に乗らなければ意味がない。

 手を握らせた。奈月さんは、驚いた風だった。

 周りには人が歩いて向かってくる。その中を掻き分けるようにして、階段を降りて行った。

 扉が閉まる数秒前、ぎりぎりで電車に入った。息は切れて、扉の二人でぜぇぜぇ、と荒く呼吸をした。周りの人は不思議そうな眼で私たちを見つめていた。

「もう……なん、なの……?」

「いや、それが……」

 急に走りたくなったんだ、体が熱くなったんだ。って言うんだ。

「ふ、何それ。はぁ……。疲れた。それでどこにいくの? 私たち」

 本当にカスミ君はそう言った。まるで本当に体を共有しているみたいだった。何だかちょっと嬉しかった。




 適当な場所で降りた。駅から出る時になって、「ここには何か用があるの?」と彼女は聞いて来た。告白の事はすっかり忘れてしまっているらしかった。

 とりあえず、アイスでも買わせた。気がきくね、と褒められて照れていた。何だかちょっと複雑な心境だった。私がそう助言してあげたんだぞぉ。と奈月さんに言ってやりたかった。嬉しそうに食べる奈月さんを見ながら、やっぱりジュースとかで良かったかな、と後悔した。

 デパートに入った。さり気なく彼女の眼先を追わせた。彼女はあまり人込みが好きな方ではないらしい。

 カスミ君が勝手に、ぬいぐるみとかって好き? と聞いた。直球だと思った。

「う~ん、別に嫌いじゃないけど、もうお家にいっぱいあるしなぁ」

 好きだけど、いらない。という意味だった。だが、ここまで言って誕生日の事とは気付いてないらしかった。彼女自身も相当鈍いのかもしれなかった。

「じゃ、何が、今一番欲しい、かな?」

 もう開き直ったみたいに聞きやがった。あまりぐだぐだと話すのが嫌いなのだろう。用件はさっさと終えて、帰りたいという雰囲気だった。

「それは、……うん、と。え~と、何もない、かな」

 何かを言いたそうにしておきながら、そう言った。きっと遠慮しているのだ。もう、ここまで深く話せばばれるとかは関係ない。追及していけば、きっと欲しいものの一つくらい言ってくれるはずだ。

「何かあるでしょう。ほら、何でもいいんだよ」

 もう、何でも買ってあげるよ。とでも言いたげな発言だ。まぁ、今更なんだけど。

「……ほんとに?」

「うん」

「……でも、ちょっとここでは、言えない、かな」

 袖をつかまれた。彼女は俯いて、出口に体を向けている。欲しい物がここにないのだろう。

 デパートを出て、その戸口でもう一度訊ねた。

「なんて言ったら、わかってもらえるんだろう」

「その名前を言えばいいんじゃないの?」

「……それが、……。ごめん。やっぱり、いらないよ。忘れて」

 デパートを出せておいて、急に誘いを断った。もしかしたら良い難いものなのかもしれない。見れば彼女は少し頬を上気させているような気も……。

 わかったかもしれない。彼女が何が欲しいか。でもさすがに誕生日にそれは……。いや、価値観は人それぞれだ。それ系のものでも不思議ではない。

 しかし、一人身でなくなる彼女にそれは必要ないはずだ。ここはローションあたりで我慢してもらうとしよう。

 という事で、彼女を公園に一人待たせる事にした。彼女は首をかしげたが、深く聞こうとはしなかった。

 数分歩きまわると、いかがわしいお店はひっそりと路地裏に建っていたのを発見した。

 店内をあまり見ないようにさせて、店員にローションはどこにあるか聞いた。

 効き目やら、彼女の性癖やらをニヤニヤされながら聞かれた。何だか腹が立ったので、質問には無視させて、普通のやつを買わせるようにした。

 三十分くらいしてようやく公園に戻った。彼女は家で留守番していた犬のように、嬉しそうな顔をした。

 見渡せば景色が見え辛い。あたりは暗く、建物の影は面積が多い代わりに薄く広がっている。もう暗かった。とりあえず駅に戻らさせた。

 告白に応えるタイミングはどうしようか。駅内でこのローションは渡し辛い。しかも電車内でどう接して良いと言うのか。恥ずかしくて相手の顔も見れないだろう。

 悩んでいるうちに駅に辿り着いた。電車に乗った。夕方は人が少なく、余裕で席に座れた。

 論理的に考え、二人の心理を考えたら、やはり別れる時にプレゼントを渡し、一緒に応えるのが一番だろうと思う。それが一番理にかなうやり方だ。

 見覚えのある駅で降りて、改札を抜けた。道を歩く間、二人は無言だった。どちらも考え事をしているのかもしれない。少し妙な音が聞こえた気がした。ブルブルという振動音だ。カスミ君も気になったのか、奈月さんの方を向いた。彼女は目線に気づき、まるで取り繕った風にポケットを探り、携帯を取り出して眺めた。メールだったのかもしれない。

 奈月さんが止まった。カスミ君の家の前だった。奈月さんは少し進んだところに住んでいるのだろう。つまりここで二人別れるのだ。

「じゃ、……また明日。って、逢えるかわからないけど……」

「あ、あのさ。奈月」

「?」

 帰ろうとした奈月さんが、髪を揺らして振り向く。優雅だった。

「え~っと、」

 長く、口ごもっていた。カスミ君一人では言えないのだろうか。

 私が台詞を考えてあげた方がいいかもしれない。しかし、私は何も彼に伝える事をしなかった。

 好きだと告白されたのはカスミ君であって、それに応えるのに私が言い分を作ってはどうしようもない。カスミ君がカスミ君自身の気持ちを言うのだ。

「その、これ……」

「なにこれ? え、……ローション? あっ、さっきの?」

「うん」

「う、う~ん。こっちで来たか……」

 恐らく違った過激なものを期待していたのだろう。しかし、それは不要になる。まだこちらの方が役に立つのだ。

「その告白の件なんだけど……」

 奈月さんはまだ少しプレゼントに驚いているようだった。しかし、告白という言葉を聞いて身を固めた。先に誕生日プレゼントだよ、と言ってあげた方がよかったかもしれない。これでは何を期待しているか、わからないじゃないか。

「振られたんでしょ。私」

 早く話さないから彼女に先に聞かれた。試すような言い方だ。

「何が欲しいか、わかってたよ。もっと、すごいのがいいんだよね。でも、それはいらないっていうか」

 論理的ではない会話だ。話が告白に飛んだり、プレゼントに飛んだりする。彼の頭もぐちゃぐちゃになっている事だろう。ふふ、必死になって。案外可愛いじゃないか。

 彼女はローションに目を向けて、またもう一度首をかしげた。途端に気付いたように顔をあげた。眼は見開いていた。

「私、間違ってない? ちょっと、駄目……。涙が出てきそうなんだけど、違うよね? そういう意味じゃない、よね?」

 両手で顔を覆った。間違っていたら泣き損に、ただ恥ずかしいだけだ。しかし、その考えは大方間違っていない。

「いや、そういう意味。だから……。これからは一人でしなくても……いやいや何を言ってる。それを期待してるんではなく、僕は純粋に奈月を、ね」

 唇が震えてきた。あぁ、聞いてるこっちも恥ずかしい。両手があったら耳を塞ぎたい。

 す、と口にした時、堪え切れずに彼女が抱きついて来た。何だか私も安心した気持ちになった。

 だが、冷静に考えると、恥ずかしくなった。人の目が気になった。

「よかった……。これで、……うん、よかったよ」

 きちんと口では話さなかった。だが、意思は伝わったらしい。まぁ今日のところはこれでいいか。

「でも、どうしてローション? こんなのうちにいっぱいあるのに」

 ……いや、その発言はどうだろう。さすがに安心しすぎだと思う。持っていたとしても、そこは隠しておかないと。

「いや、今日は誕生日だしさ、何かプレゼントしなくちゃって思って」

 動悸。内側からの伝わる信号。外へ外へと膨張していく、大きな塊。

「誕生日って、誰の?」

「……え?」

 彼女は何も知らない無垢な顔で、傾げて「もしかして、私の、じゃないよね?」と言った。

「あれ、言ったよねぇえ? カスミ君。また聞いてなかったのかな?」

 怒った風だった。作ったような怒気だった。

「い、いや、全然」

「ふぅん、まぁいいや。じゃ、これもらってくね。あっ、携帯にはちゃんと出ろよ~。フフフじゃあまたねぇ」

 彼女は手を振って、去って行った。すぐにその背中は見えなくなった。

 扉を開けて二階に上がる。その途中で悲惨な光景を見た気がしたが、目をつぶる。

 ベッドに横になる。またこの少年は寝てしまうのか。しかし、突然頭を抱えて、うめき声を上げ始めた。助けをこうようだった。

「あ、あぁあああぁああああぁあ」

 痛い。頭が割れるようだった。

 胸の奥で何かわき出そうとしていた。それは押し留めていたはずのものだった。

 視界が眩む。この世界が真のものかどうか怪しくなる。作られたものではないかと疑う。違う。何かが違う。私は何かを見失っていた。

 頭を抱えて、小一時間。気絶したように眠りについた。

 その時だった。私の中では何かが目覚めた気がした。一部分だが、真相に気付いた気がするのだ。
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匿名読者
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