9章目 ★2
 時間になったようだった。声を出そうと試みても、まるで口から言葉は出ていかない。カスミ君がまどろみの世界で活動し始めたのだ。

 カスミ君、私が何で怒ってるか、わかる?

「いや、えっ、と、母さん?」

 どうやら私を母と勘違いしているようだった。カスミ君のお母さんの性格やら、趣味趣向がわからない。綻びを出るのを恐れて、いいえ私は奈月よ。と訂正した。奈月さんの考えならだいたいわかる。

「奈月、か。何で、怒ってる……とは、わからない、な」

 駄目ねぇ、カスミ君。私を気持ち良くさせる前に、先に寝ちゃったじゃない。それを怒ってるの。

 自分で言ってて、まるで怒っているように聞こえなかった。私もカスミ君をどこか許しているところがあるから、それが言葉の勢いの削いでいるのかもしれない。

「ごめん。どこまで行けば満足するかわからなくて。いきなり声上げなくなったから、てっきりもういいんだと」

 それでもカスミ君と一緒にいきたいじゃない。普通は。

「そうなの? ごめん。じゃ、今度は……いや、もし機会が、あるなら気を付けておくよ」

 何故素直に今度は、気をつけるよ。とは言わないのだ。それはカスミ君が、これ以降奈月さんと一緒にねるつもりはないからであった。

 焦った。カスミ君の失態の追及はとりあえず後にし、彼女との中をもっと深めなければいけなかった。

 そうよ、気を付けてよね。じゃ、その……、その代り! 何かお詫びをしてよ。

 言った後で、もう少し良い言い方はなかったものかと後悔した。奈月さんはこんな事は言わない。彼女はもう少し遠慮がちだ。

「お詫び……。どう、しようか。あ、じゃ、プレゼントをしよう。そういえば、誕生日まだだったよね。良かった、上げるタイミングが、つかめなかったんだよ」

 思い出した。そう言えばデートを約束をし、ファミレスを出た後にそんな事を言っていた。あれから一週間も経つが、日にちは間に合うのだろうか。

 しかし、誕生日プレゼントとは良い。きっと奈月さんも喜ぶ。今日は何をプレゼントするか、話し合う事に決めた。

 二、三回やり取りを繰り返した。回りくどい言い回しばかりだった。やってみてわかったが、私の事を奈月さんだと思い込んでいるカスミ君と、奈月さんのプレゼントの相談をさせる。というのは難しいものだった。ここでは私自身が奈月さんなのだから、彼女は何が欲しいんだろうねぇ、などとも言えない。かと言って、私の誕生日には指輪をプレゼントしなさい。と言えば、奈月さん自身に相談してしまう可能性も出る。出来るだけ彼女をびっくりさせたかったのだ。

「それで、誕生日、どうしようか。もう少し、高価でもいいよ」

 冷静に考える。彼女に相談する必要もなく、明確にその物品が特定できるもの。指輪では指のサイズを質問され、服では柄の違いで困るかもしれない。

 とりあえず彼女の誕生日がいつなのか気になった。聞き方に数分迷った。

 仕方なく、私の誕生日覚えてる? となるたけ素っ気なく聞いてみた。

「あぁ、知ってるよ。確かね、あと一週間後、ぐらいだよ」

 だからいつなのだ。一週間後ぐらい。ではそれこそタイミングがつかめない。

「え~っと、……あれ、いつだっけ……。あれ……? どうして、思い出せないんだ? 確かに一週間後って事は覚えてるんだよ。でも、何か違うような……。っつ、深く考えると、頭が痛くなる……」

 まただった。時々カスミ君は腹を抑えたり、頭痛に悩まされたりする。それも虐待による副産物なのだろうか。彼の病が再発するのを恐れて、それ以上深く聞こうとはしなかった。

 ごめんなさい。無理はしなくていいから。頭痛くなるなら、今日は……

「いや、でもちゃんと、数えてたんだよ。入院中、奈月が時々見舞いに来るのが嬉しくて、誕生日は絶対何かプレゼントしようと考えてたんだ。だから、一日一日数えてた。

 曜日なんて無関係の毎日。もちろん月も日にちも気にならない。カレンダーも見ない。だったら、最初から誕生日までの日数を数えてればいいと思ったんだよ」

 取り繕った雰囲気はない。後付けの様にも聞こえるが、私は感動していた。

 確かに、病院の様な狭い箱に何日も放り込まれたら、日にちなんてどうでもよくなる。

 想像する。寝る前に自分の事のように、誕生日の日数を数えて、ニコニコしながら床につく。相思相愛じゃないか。よかった。カスミ君も奈月さんの事を、友達以上とは思っている。親友、恋愛対象。どちらにしても恋人に発展する可能性はあった。どうやら、私がお節介をやいただけで終わりそうだった。

 一週間ぐらい、というのも日数の計算ができてないだけだよね? きちんと数えればわかるんだよね?

「うん。わかるよ。そこは心配しなくても。って、自分の誕生日、でしょ、奈月」

 くすくすと笑われる。
 感情に流されて、ついぼろが出てしまった。そろそろ夢も終わる時間になりそうだったし、このあたりがきりの良いところかもしれない。しかし、今回はぼんやりとでも何をあげるかは決めておきたい。

 カスミ君と、私の共有の友達って、えっ、と、……誰か知らない?

 焦っているため苦しい言い方だ。自分の友達を他人に聞くとは、私という奈月さんはどこまで馬鹿なのだ。

「つまり、僕が、知ってて、奈月も、知ってる、……うん、と、え、と」

 まずかった。今何時かわからないが、もう意識が消えかかっていた。これで起きてしまうのだとすれば、聞けるのは明日になってしまうかもしれない。

「俊夫、さん……ぐらいしか、知らない、なぁ」

 俊夫……。デートの時に、ベンチに座っていた人だったはずだ。とりあえずその人に命運を任せてみる事にした。

 じゃ、明日俊夫さんと相談して。いい? 絶対明日はプレゼントの事で相談する事。後、私にはその話はふっちゃ駄目よ。

「よく、わからない、けど、まぁ、わかった、よ」

 本当に大丈夫なのだろうか。

 もう反応がなくなったしまったから、訂正する事もできない。信じるしかなかった。

「あ、あ」

 言葉を発する事が出来る。私の意思で、だ。彼の意識も眠りについたため、だ。

「私は……、い、いや。ぼ、僕は奈月が、好きだ」

 顔が赤くなったと思う。さすがに後味が悪くなった。
 ちょっと馬鹿みたいな事したなぁと、後悔しつつ、今日はこの辺で許してあげる事にした。やっと、私も眠る事ができる。
4← 1.. 7 8 9 10 11 ..17 →6
コメント
ボタン:wktk!
匿名読者
1.小説ページに戻る
ユーザー登録/ログイン
ヘルプ
Web中央図書館2