家に戻った。足が勝手に動く感覚も少し慣れてきたところだった。靴を脱ぐと、ひんやりとした床の温度さえも感じとれる。
「ただいま」
返事がなかった。誰もいなかった。家具が揃って、家の中に不足はないはずなのに、暗闇が無駄に空間にもの悲しさを与えた。音だけの清閑だった。
玄関にすぐ近い階段を上がって行った。突き当って左に曲がる。また違った部屋が広がった。「ふぅ」と言ってベッドに座るのだから、自室なのだろうと推測した。
明りはなかった。真上の眠った蛍光灯は紐を垂らして黒い輪郭だけを描く。背中の窓には花柄のカーテンで、外の景色を隠している。
ぼんやりと部屋の扉を見ているだけだった。隙間から僅かな光が覗くだけで、この部屋の物体全ては外枠しか見えない。
両手を眺める。爪だけが闇を濁して鈍色に存在を主張した。
「はぁ……外は辛いな……」
ベッドに横になった。天井を見ている。窓の付近にだけ光が漏れていた。
「僕には……僕には……」
瞼が下がってきた。眠くなってきたのだろうか。
「僕には秘密があったんだ。聞いてくれないか……」
胸が跳ねあがった。ような感覚だった。私に言われているのだと思った。でも、彼は目を完全に閉じてしまって、表情も穏やかだ。とりあえず何も考えずに聞いてあげる事にした。
「君には詳しく話してなかった。どうして病院に入ってたか……。そう、君の知っている通り僕には親がいないんだ。僕が殺したんだ」
突然何を言っているんだろう。それに私にそんな事を言ってもらっても困った。しかし、実際のところまともに話をしていないのに、今更詳しく話していなかった。はおかしいと思う。これは私に放った言葉ではないのかもしれない。
「僕は親に虐待を受けたんだ。いや、待って。違う、違うって。話を最後まで聞いてくれよ。奈月」
手を前に出して何かを遠ざけているような態勢。納得。彼は奈月さんと話していたのか。私もよくするからこの行動は理解出来る。妄想で作った相手とお話しをするんだ。だけど何故だろう。念願の奈月さんとの会話なのに、私でないとわかると泣きたいくらい悲しい。
「実際に殺したんじゃない。僕は手を下してない。勝手に両親で喧嘩してそうなった。ただ原因が僕にあったんだよ」
カスミ君の呼吸は一定で、話しを止めるとすぅすぅといびきをかいているよう。もしかしたら寝ているのかもしれなかった。
「僕は……病院に入らなくちゃいけなかった……つまり……、僕には人格がもう一つ……」
少し聞き取り難い。寝着いてしまったのだろうか。私には意味のない事だとわかっていても、咄嗟に、何? 何て言ってるの? と心の中で叫んでしまった。彼の自白にはそれほど興味がそそられていた。
「だから……僕には人格が二つあるらしく、それが時々出るんだそうだ……昔、女の子の人形を使って、遊んでたからかな……。時々女に間違えられる時とか……ハハハ、ハ。何で僕の中に女なんか……勘弁しろ、……よ」
願いが通じた気がした。だけど、私が聞いてもそうでなくとも、文脈的には変だとは感じない。ただの偶然かもしれない。
カスミ君にはもう一つ人格があるらしい。そして、憶測だけどそれが両親が死んだ原因らしい。
カスミ君に女の子の人格。どんな人か見てみたいものだった。人格が変われば、カスミ君も胸の内に隠れるのだろうか。それでも私はカスミ君や、外に影響を与える事は一生ないだろう。だって、もう一人違う人間ここにが隠れているのなら、私がどこかではち合わせてもいいものだ。私はずっと孤独なんだ。
根拠もなしに下向きな考えだけが心を占める。ちょっと今日の私はブルーだった。
もう、今度は期待しちゃ駄目だと思う。その後でわかる現実がとても辛いから。
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