風が冷たかった。その感覚があった。カスミ君も同時に「今日は寒いねぇ」と言ってるところを聞くと、一体感を覚えて嬉しかった。
駅を過ぎ、その近くのファミレスに寄った。テーブルをはさんで二人で腰かけた。エプロンを着た女性が注文はお決まりですか? と聞かれたのに対して、カスミ君はおどおどして、助けを求めるように奈月さんに視線を送った。
「じゃ、とりあえずアイスコーヒーを……」
言った後で唸っている。ちらりと見られた。
「一つ」
「はい。ガムシロップやミルクなど要望はございませんでしょうか?」
「あぁ、いえ砂糖だけで」
隣の置かれた瓶に目が行く。白い粒々がいっぱいだった。あれが砂糖なのかもしれない。
「あとはオレンジジュース。でいいよね」
「うん」
「かしこまりました」
頭を下げられて、何故かつられて頭を下げた。その女性は去る間際に、その仕草にくすりと笑って去って行った。
私が予期した行動ではなかったため、何だかむっときた。
恥ずかしい思いだけだった。本当に嫌な役だと思う。
「本当に箱入りだね。カスミ君は」
「ははは。入ってるだけさ。それに僕だってやる時はやるもんだよ」
「ほぉ」
まるで期待している目ではなかった。
しかし、カスミ君は実際殺人という究極の行動に出ているんだから、あながち嘘とは言えない。
女性が飲み物をコップに持ってやって来た。一つは綺麗に澄んだオレンジだったが、向こうのコップにはどす黒い何かが沈澱しているようだった。あれがコーヒーなのだろう。
とは自分で思いつつも、その飲み物がすこぶる美味しそうに思えた。どんな味かはわからないが、とにかく私はあれが美味そうに見えた。
「いつもそれなの?」
「そうよ。てか前から言ってるよ。見舞いに行った時もコーヒーが好きなんだ。って私自慢げに言ったじゃない」
押し黙った。いきなりの沈黙だった。時々カスミ君が何を考えているのかわからない。
「何故黙る? ふ~ん、さては覚えてなかったでしょ。私の話はどうでもいいってか」
「い、いや。別に覚えてはいたけど。臭いがすごいなって思って」
取り繕った風だった。それを彼女も見抜いたのだろうけど、まぁいいわ。と言ったきり追及はしなかった。
また少しの沈黙だった。二人でただ窓を眺めて飲んでいるだけだ。樹木が連立して、遠くでは地平線に太陽が顔だけを出して、沈んで行く。
だけどカスミ君は膝で握りこぶしを作っているし、窓を見るのも彼女に合わせているだけのように思えた。ところどころ考え込むところを見ると、何か言いたい事があるのかもしれない。
考え込むように顎に手をあてた。私の顎なのにざらざらしていた。髭が生えているのも妙に感じる。
「ここって、誰にも聞こえない?」
「は?」
「だから、後ろの人とかに話し声、聞こえそうじゃない?」
「聞こえないわよ。てか、聞かないよ。ほら、向こうの人は楽しそうに子どもの世話してるし、私の後ろはカラ。オーケー?」
「おーけ」
決意したように拳をまた強く握った。彼女に何を言いたいと言うのだろうか。
「今度さ、遊びに行かない? 大学がない時にでも」
彼女は吹き出すのを抑えて、口に手を当てて笑いをこらえていた。
「何だよぉ。それ。そんなに緊張して言う事……え? あっ、つまり……」
そう言う事?
彼女は私を見つめると、少し顔を赤くした。カスミ君の目はいたって真剣だ。
「いや、まぁ。社会見学って事で……よし! 話もまとまったし」
「えぇ、ちょっと!」
私は唐突に席を立った。彼女の腕をつかむ。彼女は嫌がる素振りは見せずに、後について来た。
人の集まっているところに早歩きで向かう。この体の持ち主の考えた通り、そこがレジだった。
もちろん会計は奈月さんに任せて、二人で店を出た。
彼女はまた駅に向かうようだった。カスミ君はどうしようか迷っている。
「別にちょっと用事があるだけだよ。もとは家が近いんだし」
「まぁ……うん」
釈然としない言い方だった。本当はもうちょっと一緒にいたかったに違いない。
「それとも私が家まで送ろうか?」
奈月さんはいたずらっぽく、くすくすと笑った。その仕草は、強い瞳と揃えた前髪の彼女から、高貴な雰囲気が漂った。
「あぁ、いや別に」
「そ、なら。今日はこれで。……とりあえず、明日。……あとその、日時とか、決めるの忘れない、で。……私、楽しみにしてるからね。じゃ、じゃあね!」
「えっ、楽しみ?……」
カスミ君は彼女が手を振るのにも応えずに、そう呟いているだけだった。ぼぉーとその背中を見ている。けど、彼女の姿も見えない。
「本当はそういうつもりじゃなかったんだけどなぁ……」
カスミ君にしては珍しい呟きだった。相当困っているのだろう。
少し歩くと公園が見えた。迷わずそこのブランコに腰かけた。
「多分あっちはデートのつもりだと思ってるんだろうけど……」
私もデートの約束だと思っていた。だから、カスミ君は決意して話を切り出したのだし、彼女もそれに気付いて、顔を上気させた。
「はぁ……本当は誕生日プレゼント何がいいか。さり気なく聞きたかっただけ……。本当に遊びながらでも聞こうかと思ってたのに……」
そんな事で悩んでいる。遊びは良くて、デートが重いのか。しかし、それだったらどちらも両立させてしまえばいい。
まさか、カスミ君は奈月さんとデートするのが嫌なのか。そう感じると思いっきり腹が立った。
「デート……デート……。まぁいいか。どうせ、遊びの延長線だろ。別に特別に用意しなくてもいいよな……」
よくない。絶対に良くなかった。彼女はきっかり「楽しみにしてるから」と言っている。彼女はすっかりと期待している。そう、カスミ君が自分に好意を抱いている。と、何かその証をくれると思っている。
しかし、カスミ君は誕生日に友達にプレゼントをやろう。などと友情じみた考え。
何故だろう。すごくむかつく。まるで私の事のように、奈月さんの恋路が無残に絶たれるのが許せない。
「気楽に。気楽に。……帰ろう」
奈月さんとカスミ君の家が近いなら、同じ中学、小学校なのだろうか。高校は知らないが現に大学は同じ。
外見だけだと頭の良さそうな奈月さんが、休みがちなカスミ君に合わせて大学を選ぶ。
自分の興味のある分野は捨てて、カスミ君を取った様が想像される。
心の中で何かが渦を巻いている。奈月さんが憐れで仕方なくなった。
決めた。私は彼女を応援する事にしよう。
私には何もできないけれど、カスミ君の胸の奥で奈月ちゃんとうまくいくよう願う。
カスミ君は無造作に欠伸をして、空を眺めているだけだ。
見えるのは、鈍色に浮かぶ雲が黒を隠して、濁った様だけだ。
カスミ君には違ったように映るのだろうか。
私にはわからなかった。私はただ、この体にとり憑いただけの存在だったから。
それでも思うだけは自由な私は、また一人この大きな体の中で、奈月ちゃんとカスミ君が仲良く手を繋いでいる様子を妄想した。
顔が有ったら絶対にやけている。そう思うほど微笑ましい光景だった。
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