ⅩⅠ.私の好きなモノ ★24
 
 休日は大好きだ。

 コンクリートジャングルで汗水流して働く日本のお父さん達よりも、平日のお昼休まずサングラスをかけ続ける司会者のおじさんよりもずっと、ずっと週末を心待ちにしている自信がある。
 何故かと言われれば、それは学校に行かなくていいからに決まっているでしょう?小豆色の人間関係から解放されるからに決まっているじゃない?

 定期的に配られるこのプラチナチケットを有意義に活用しない訳にはいかない。
 希少価値はきっと高くないんだけろうけど、やっぱり貴重な休暇行きの有価証券を握りしめていつものように本屋に足を運ぶ。
 私は本も好きだ。読書しか趣味がないなんてことはないことも無いんだけれども、そうとも言い切れないこともなくなくは無いわけで、なんだ本ばかり読んで友達いないのかよと聞かれれば、恥ずかしながらその通りであります。
 でも一つ言いたいことは、そんな孤独から逃げるために物語の世界を訪れているわけではないということ。
 信じてくれとは言わないんだけどね。どうでもいいでしょう?私のことなんか。

 隣町の書店へと、延々長い道のりを歌でも口ずさみながら歩こうか?本日晴天なり。

 空気は冷たく、氷の砕けるような乾いた音が耳元ではじける。肌を茹だらせる日差しとのコントラストが私をわくわくさせた。何か起きるかもしれない。起きて欲しくはないんだけどね。

 お馴染みの道のり、目に焼き付いた変わらない町並みを今日もくぐり抜けて、灰色のコンクリートの中では決して撫でることの出来ない肌触りを唇で感じた。
 この感覚を噛み絞めるためにわざわざ遠くのブック・ストアまで赴くのだから、私ってばロマンチックじゃない?

 などと嘘をついてみる。

 その真相は、近所だと中学時代の知り合いに遭遇してしまう可能性があるからです。
 思い出したくないんだな、まぁ、現実世界の距離は時間とはまるで干渉しあわない訳ではないんだよ。此の町から離れれば、私の過去を知る人なんていなくなるでしょう?

 でも今現在の自分から魂や過去や記憶や心を引き剥がす方法は、滅多なことでは見つけられないんですけれども。

 青春ムービーみたいに朗らかさを口に含んでルンルン飛び跳ねる様な女の子ではありません、私は。

 でも私はこの道を愛してる。これ、本音。
 だから苦にはならないのですよ、高々三十分程の散歩道など。

 前にも言いました、物思いに耽るのは私の悪い癖です、と。でもそのおかげで時間跳躍もほらこの通り。気がつけば目的地にコンニチハ。

 はい?前回とテンションが違う、と。解放感まるだしの私はこんなもんですよ。内弁慶ならぬ休日弁慶、仁科莢香。

 自動ドアも好きだ。私をちゃんと見つけてくれるし、誰に対しても変わらず接してくれるしね。
 小説コーナーを覗く前に漫画本の棚にでも寄りましょうか。確か最新巻が出てたはず。
 饒舌だなぁ、私。宝探しに来た海賊みたいじゃない?

 ミナゴロシダー

 みたいな?みたいな。

 ありました、これです。『ドロヘドロ』。
 タイトルがもうたまりませんよ。なかなか売ってないんだよね、小さい本屋じゃ。残りも棚に一冊だけ。危機一髪、黒髭危機一髪。海賊だけに。

 よいしょ、とのばした手の下をほぼ同時にくぐり抜けた白い手の甲。

「あっ、ご、ごめんなさい…」

 引っ込めた腕の代わりに言葉が漏れた。

「あ、いえこちらこそ…」

 ついと顎を上げて見てみると、全身を這い回る悪寒と痺れ、あと熱光源。
 目の前に桃枝さんが首を傾げて立っている

 急降下、心臓が激しくピストン運動を始め、その蒸気が汗となって全身をつたっていくのがわかる。
 呼吸が乱れて、それは私の胸の内を端的に、そして正確に体現していた。

「あの…それ」

 真っ白に膨張と収縮を繰り返す私の脳内に彼女の声が掠めて、慌てて我に返ってみると桃枝さんの細い指が本を指さしているのが目に映った。

「あ、よ、よかったらどうぞ!私は結構ですので!」

 そうですか?ありがとうございます、と彼女は軽く会釈をしてその漫画を手に取った。かかとを返して歩いていく背中を見つめながら大きな溜息を一つ。

 あんなことをしたのだ、どれだけ恨まれているだろう?
 橘さんにくっついてそこに立っていた私は反吐を吐くほど汚い人間で、今こうしてパニックに陥っているのが明確な証拠だ。強い者に従属して生きる、ずるがしこい生き物。

 でもどうやらそのことに気付かなかったようで安心した。そんな安堵の呼吸も私を自己嫌悪にさせる種の一つ。
 謝りたいなぁ……でも拒絶されたらと思うと、もう脚が震えて震えて…何よりそんなことして橘さんに知れでもしたら……あぁぁ、弱い。私は脆すぎる。
 まず第一に、私がもっとしっかりしていれば、あんなことしないように言えたのに…それ以前に彼女達と付き合う必要もないのに…

「ねぇ」

 ギュッとハートを掴まれて、2m程は飛び上がったのではないだろうか?
 立ち去った筈の桃枝さんが目前でこちらを覗き込んでいた。
 再び急沸騰の血液が体中を駆け巡る。

「あなた、どこかで会ったことある?零と」

 こぼれ落ちそうな涙をこらえて、酸欠の金魚の様に口をパクパク。挙動不審な私を見据えながら腕を組む桃枝さん。

「いつだったかしら…」

 考え込む彼女を映す目の前が今度は真っ暗になった。

「ご、ごめんなさい!!」

 一気に腰を折り曲げて、視界には私の膝小僧だけ。目をぎゅっと瞑りそれすら掻き消す。

「あ、思い出した」

 さらに瞼に力を入れる。
 殴られてもいいや、罵られてもいい。どんな罵倒も甘んじて受け入れよう。絶対的に絶対に、私が悪いのだから………

 なんて嘘です。そんな度胸無いよ、ひたすら怖い。
 何がってそりゃあ、怒られるのもそうだけれども、何より桃枝さんに嫌われてしまうのが何よりも、何よりも何よりも何よりも怖かった。
 よくよく考えれば、そんな心配する必要全く無いよね?
 すでに彼女に続く扉は雁字搦めに幾つもの南京錠で閉じられているのだから。

「……どうして謝っているの?」

 頭上からの静かな声に思わず顔を上げた。

「え?だ、だって」

 当たり前じゃない?あんなことしたんだよ?思い出したんでしょう?私もあの輪にいたんだよ?

「とりあえず、頭上げて。ここだとほら、ね?」

 大声上げて、いきなりお辞儀して、周囲の目は完全に私に集中、吸収されていた。
 それに気がついてワケがわからないくらい顔が赤くなり、熱くなって、本日三度目のパニックと手を繋ぐ私に苦々しく笑いかける桃枝さんが眩しかった。

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匿名読者
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