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一連の騒動と騒音を聞きつけた教員連中が小走りにやって来て僕の手を引いて行く。何の自己弁護も抵抗もする訳でもなく黙って教えを説かれている僕は、端から見ても真面目に反省している様には見えないだろう。
何故ならそんな心は塵程も持ってないし、胸を痛めるふりをするつもりは幼児の親不知ほどもせり出していなかったのだから。
先生方も僕の過去について重々承知のご様子で、そんな僕だから高校入学から模範的生徒として学業に勤しんできた積み重ねというモノもまるで意味を成していない。壊すのは簡単だ。作るのは難しい。それが自らの手でグチャグチャに擦り潰したモノなら尚更。
別に悪い事をしたつもりはない。正義の為に働いた気もさらさらない。感情に身を任せただけ。そしてそれが最も愚かな事であるのは知っている。
百、僕はやっぱりコンナニンゲンデス。
君の為だと、大義名分を怒りの熱で作り上げ、それが蜃気楼だとわかっていながら胸踊らせている。偽物のオアシスにおぼつかない足で駆け寄っているのだ。どんどん近付いている気でいて、そんなものは存在しないと言う天の声に頷いている。
なんとなく絶望に肩を叩かれた気がする。逃げることに疲れて今にも振り返ってしまいそうになっているのが恐ろしい。
アンニュイなお化けに鼻を摘まれながら下駄箱へ。生活指導室は窮屈だったが授業をさぼれたので良しとしよう……なんてくだらねぇ。くだらねぇ、くだらねぇ。浅ぇよ、俺……じゃなくて僕。
乱暴にスニーカーを叩きつけ、踵を潰して舌を打つ。紫色の夕陽が沈みかける外の世界は重い。
「佐伯君」
目の前にはロングヘアーを揺らす転校生。暗闇が似合う白い顔を冷たい風に晒しながら立っている。視線を地中に埋めようと夢中だった僕は彼女に気が付かなかった。
「随分長いお説教、御苦労様でした。宜しければ御一緒してもかまいませんか?」
スカートの先を摘み腰を曲げる桃枝の仕草は不可思議で、僕は驚きと多少の不安に足を取られ立ち止まってしまった。
「…何か用か?」
「あら、ご挨拶ですこと。お昼のお礼も兼ねて一緒に下校しようと待っていたのよ?」
フフッと息を漏らす桃枝は風に揺れる髪を書き上げ、愁いを帯びた瞳を露わにした。
「佐伯君のおうちはどこら辺?」
「あー…中央台ってわかるか?」
「わかりません。転校してきたばかりだもの。自宅までの途中駅の名前だって覚えてないわ」
じゃあ聞くなよ、なんて溜息混じりに
「下りの電車で三つ目だよ」
と補足する。
「じゃあきっと同じ電車ね。零も下りの電車だから。じゃあ帰りましょうか?佐伯君」
正直喋るのも億劫な程に気を病んでいた僕は桃枝に関する様々な新発見にも大した興味が湧かず、なんだかどうでもよくなってそれを断ることはしなかった。
太陽も半ば沈みかけて陰鬱な寒気も拍車をかけて、暗い帰り道を女の子一人で歩くのも危ないだろうと彼女の隣に付き添ってはみるけれども、欠けた心が態度に現れて踵を引き擦る僕は、彼女に頼もしさどころか好印象を与えることは出来ていないだろう。でもきっとそれは今に限ったことではなくて、桃枝が自己紹介を終えたその瞬間から僕はくだらない人間に映っていたに違いない。
何も知らない桃枝は僕をヒステリックな苛立ちの塊と認識していても仕方はなく、それに憤ったりもしない。実際そんな行動を取っているのだから。
そして彼女を象った人形に釘を打とうとする事が僕の逆恨みだと、それは白に対して持っていた難癖と同様なモノだとわかっている。タチが悪いのは周囲の好奇なのだと。
だから嫌悪の念とはサヨナラした。
出来れば桃枝とは仲良くしたいもんだ…棒読みで申し訳ないね。
「そう言えば佐伯君は部活はしていないの?」
「ああ、スポーツも好きじゃないし文化系は尚更だから」
「そうなの?でもさっきのキック力は結構見応えがあったわよ?」
そう言って彼女は笑う。別に運動神経がどうということではない。寧ろそれには自信があるくらいだ。問題なのはスポーツマンシップというか、団体行動が嫌なのだ。文化系も同様、僕が勝手に嫌悪しているだけなのだけれどもそういった理由で帰宅部に属して放課後直帰ライフ。
「……桃枝は部活は?」
「入るつもりはないわ。何て言うか、他人と楽しく倶楽部活動する気にならないのよ」
僕の心を繰り返すかのような、それでいて予想通りの回答。
そう言うわりには僕を下校に誘ってみたり、実は普通に会話が出来たりする掴み所のない彼女は白と黒のストライプが融けずに絡み合う煙の様で、捕まえようと手で覆ってみても指の間を抜けて天へ逃げて行ってしまうのだろう。手を伸ばす気になれない僕は彼女を吹き消してしまいそうだけれど。
そう言えば高校生になってすぐに君が
『軽音楽部に入らない?』
と僕の背中を小突いたことがあったっけ?
中学から百はギターにお熱で、最近では自分で曲を作っているのだと鼻を鳴らしていた。それは君と久方ぶりに言葉を交わした日のことで、僕を戒めてくれた夜のこと。街灯の下でそれを楽しそうに口ずさんでいた彼女は重そうにギターケースを揺すっていた。
そんな君の誘いを断ってしまったのは少し悔やまれる。こんなどうしようもない僕を受け入れてくれる仲間達が出来るとはどうしても思えず、孤独を決め込んで歩んできた日々。
君さえいればよかった。隣で喋りかけてくれなくても、僕を見つめてくれなくても、君を眺めていられればきっと満足だったに違いない。
でも、今、本当に、僕は一人になってしまいました--
「冬は寒いけれど、その分空気が澄んでいる気がして好きだわ。息が白くなったり綺麗な星空が見えれば……」
『生きている実感が湧く』
きっとそう言おうとしたのだろう。しかし桃枝はそこで口を噤んでポケットに細い指を滑らせた。
彼女と言の葉を往復させることで何故か君の縁をなぞってしまう。やはりどこか似ているところがあるのだろうか……僕までそんな事を考えてしまっては駄目だろう?唇を噛みしめて言い聞かせる。
『今、闇に紛れた僕の影を踏んでいるのは君じゃない』
「どうしたの?眉間にしわが…1、2、3本。いつもそんな顔してるけれど、もしかして零の事キライ?」
僕を指差しクスクス喉を鳴らす桃枝は悪戯っぽい仕草で、小走りに僕の横に並ぶ。肩と肩が触れ合い、今度は僕が一歩下がって彼女の毛先を見つめた。
「別に、こんな顔なんだよ」
ぶっきらぼうな返事に彼女はまたクスクス笑って僕を振り返った。
「そうだ、忘れてた。さっきも言ったかもしれないけれど、今日はどうも有り難う御座いました」
桃枝は深々と腰を曲げたが、視線は僕の目から逸らさず口元にもまだ笑みが残っている。それが不快に感じる訳でもなく再び愛想悪く僕は言葉を返す。
「あぁ、別に良いよ、気にしなくて」
『桃枝の為にした事じゃないから』
と、付け加えようとして止めた。折角描いた蛇に足を加える必要なんて無いからな。
ただ代わりに
「勝手な桃枝のイメージなんだけど、『別に助けてくれなんて言ってない』って怒られるんじゃないかと思ってた」
これも余計な一言と言えばそうだが前者よりもライトだろ?わざわざ百の事をほのめかすことに比べれば。
「フフフッ、何?それ。佐伯君には零のこと、そんな風に映ってたの?」
口に当てた白い指の柵から彼女の吐息が漏れ出して弱い風に掻き回されていく。細めた目で僕を見上げながら桃枝はさらに続けた。
「本当に感謝してるのよ?教室の視線はお腹いっぱいだったし、手をあげられでもしたらと思うと震えちゃうわ」
桜色の唇を綻ばせて胸の前で指を絡ませる桃枝は学校では見せない少女の様な無邪気さをセーラー服の上から羽織っている。
あんな落ち着いた態度で啖呵まできったくせによく言うよ。物憂いているようで飄々と、高貴なようで幼稚な、そんな彼女の不思議なかしましさに僕は思わず舌を出した。
溜息を口の中にこもらせて再び爪先をあげる。表情を緩ませたまま僕を眺める桃枝と擦れ違い、肩が再び触れそうになったその瞬間、電車が緑色の錆びたフェンスを挟んで僕達の横を駆け抜けた。
「あなたが守ろうとしたのが本当は誰なのかは知っているけれど」
暗闇に吠える銀色のボディ。轟音の陰で桃枝何か呟いた気がした。彼女はと言うと黒髪を闇夜に溶かし、鼻歌でも口ずさんでいるかのように軽い足取りで僕を追いかけて来る。小鳥のように首を傾げる桃枝にその言葉を聞き返す事はしなかった。
そうしない方が良い気がした。
遠ざかる電車の光が、目前に迫った駅で停止した。なんとなく彼女から距離をとろうと僕は足を速める。背後の足音も間隔を狭めてアスファルトを鳴らし始めた。
無言のまま線路をまたぐ歩道橋に足をかける。この階段を上ればそこにはもう自動改札。階段をならす桃枝の足音が僕のそれと重なり始めた時ホームに下りの電車が滑り込み、金属が軋む音が耳を突いた。
「急げば間に合うんじゃない?」
「そうだな、走るか?」
「そうね、せっかくのお誘いだけど、零の降りる駅には快速電車は止まらないの」
確かに目の前の電車には『快速』の文字。
残念、と言ったように肩を竦める彼女は寂しそうに微笑んでいる。
「………あら?佐伯君のところの駅も普通電車オンリー?」
駆け出す様子のない僕に背後から訪ねる彼女の声は何故か褐色じみていた。
「いや、この時間なら止まる」
すると先程までと同様、彼女はフフッと息を漏らし
「じゃあ零の為に次の電車待ってくれるんだ?意外に優しいのね」
わざとらしく喜び歩を刻む。
僕だけそんな事するのもわるいだろ?本音を言えばすぐにでも走り出したいさ。
桃枝が普段とは違う顔を見せれば見せるほど僕はなんだか不安な気持ちになる。意外な台詞を吐けば吐くほど、その言葉で僕の体は擦り傷を増やしていく。そんな勝手な被害妄想が目頭をチクチクつついて奇妙な焦りを炙り出していた。
僕にそんなつもりはないけれど、彼女がこんな腐った男から優しさを感じているのだとしたら、彼女を避けようとする自分を隠す為の迷彩がそんな風に映えているだけに違いない。濁った心に吐き気がする。
「『意外は余計だろ』って、つっこんでよ」
彼女のそんなボヤキは聞こえないふりをした。僕は決して優しくなんかないのだから。
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