第一章 第六天魔姫 ★1
「――で、私に何の用だ?」

狭い、せまーい個室にて。
俺はとある女の子に首へ刀を当てられていた。
その女の子はものすごく嫌味な顔をしていて、ニヤッと笑っている。
俺はこの女の子に何度も同じ説明をしていてもう飽き飽きしている。

「ですからー、俺……じゃねぇや、私は貴女の戦いぶりに感服し、貴女に仕えたいと言っているのです。
 ただそれだけです。別にやましい気持ちなどひとたまりもありません」
「なら、何故不法侵入など馬鹿げた真似をした?私とて、この剣で人は斬りたくないのだ」

俺は即答するが、女の子も負けじと即答で返した。

俺は目の前にいる、赤髪の美少女(結構巨乳)に可愛らしさを感じていると同時に、冷や汗をかいていることをその二十倍ほど感じていた。
何故不法侵入者呼ばわりされ、日本刀を首筋にあてられているのか、それは約一時間前に遡る。


――那古野城。
人々で賑わう城下町を通り抜けた先にあるこの城は、普通の城とは少し違うような気がした。

目前には綺麗に整えられた砂利道が広がり、厳格な雰囲気を出しながらその城は存在している。
門前には門番が立っているが、しかしその門番はあろうことか目を閉じて寝ているのだ。
俺は少し呆れながらもその門番を起こすことにした。

「もしもし、起きてますかー?」
起きているわけがないと思うが、とりあえず声をかけてみたが、

「……………………」

やっぱり寝ていた。しかも爆睡している様子で、個人的な目測だとあと五時間は寝そうな気がする。
その上立ちながら寝ているのだから圧巻だ。
何にしろ、これでは一向に埒は明かない。ここでこの門番が起きるのを待つのも気が引ける。

よし、中に入ろう。誰か一人ぐらいはいるだろう。それから事情を説明してからでも遅くはない――。

そう思って中に入ったが最後、織田瑞姫本人に見つかってしまった、ということである。

織田瑞姫に見つかったのもあるが、考えが甘かったのも今の状況に至る一因だったのかもしれない。

「しかし酔狂なものだな。何故私に仕えようと思ったのだ?」
女の子は尚も刀を当てたまま、俺に聞いてくる。

「昨日、貴女の戦いぶりを崖の上から見ていたのです。
 私は先程も言った通り似非(えせ)軍師をやっているのですが、貴女の軍配は素晴らしい。
 しかし、少し乱雑な気がしまして、少しでも私が力になれれば、と思いまして」

俺は思ったままのことを言う。
その分織田を怒らせることになるが、致し方あるまい。

「ほう……私に意見をするというのか。面白い奴だ、お前は。
 しかし、命の大切さというものを考えたほうがいいと思うがな、小僧」

織田は刀を振り上げ、それを一気に首元に向かって振り下ろす。

――そうか、やはりそうだったか。
さすが「大うつけ」。城の中で人を殺すとは非常識極まりない。
恥をかかされたということもあったが、そんなものなのだろうか。
行く前に遺言でも書いておいたほうがよかったかな。
それともそもそも挑むのが無謀だったかな。
まぁいいや、さよなら、俺の人生――。



しかし、その刀は首に当たることはなく、痛みも全くなかった。
少し上を見上げれば、その刀は既に鞘の中へと納められている。

「お前、中々筋があるな。まさか目をつぶらずに覚悟を決めるとは……とんだ胆力だ。
 私はお前のような迷いが無い人間が欲しかったのだ。決めた、お前を軍師として雇おう」

まさかの展開だった。
ついさっきまで死活を問われていた人間が、今では軍師となっているではないか。
調子がいいにもほどがある。
いやしかしそんなことを言っている場合ではない。門前払いより酷い仕打ちを受けてからのまさかの採用。
これには本当に驚いた。棚ぼたもいいところだ。

「ありがたき幸せ……!!」

九死に一生を得る、とはこのことだろうか。浮き足立っていた心も落ち着き、平穏を取り戻そうとしていた。
その時である。

「なりません、瑞姫様!」

甲高い怒号が部屋一帯に鳴り響く。
声の主のほうを振り返ると、またもや女の子。
元服する年齢にも至っているような外見ではなく、身長が低いせいかむしろ幼さを残している様子にも見える。
黒のおかっぱ頭に、黒基調の袴のような戦闘服。腰には剣が二本さされていた。

「美優、それは何故だ?」

勿論、と言わんばかりに理由を女の子に聞く織田。
それに対して、その女の子は

「この城に不法侵入をした人間なのですよ?その人間を疑わずして誰を疑いましょうか!きっと、出来損ないの忍に違いありません!」
と、自信満々に言い放った。
散々な言われようだな。
不法侵入っても、元々は門番が寝ていて起きないからそれで弁解するために城の中に入って誰かを呼ぼうとした――。


――ん?
門番?そういやこの美優とかいう女の子、あの爆睡してた門番に似ているような……。

「美優は確か……さっきまで門番をやっていたな?」

「はい。私が見回っている時は特に異常はなかったと……」

そう言って少女は目を閉じて熟考し始める。その光景はまるでいつかの再現のよう。
間違いない。

「分かった。門番は異常を見ている訳が無い」

こいつだ。絶対そうに決まってる。全くあの門番と顔が同じだ。

俺が急に口を開いたせいで、織田も女の子も俺の方を一斉に凝視した。

「ほぉ……?それは面白そうだ。詳しく、分かりやすく私に教えてみろ」

挑戦的な瞳で俺を睨む織田。そこまで気張る必要はないと思うが。

「簡単です。あの門番は、俺が入る時、目を閉じて寝ていましたから」

「何だと?」

俺の発言に一旦は驚くも、織田は女の子のほうを睨む。
女の子は俺のほうを怨めしそうに見たが、寝ていたのは事実だ。
俺が痛い目に遭う必要は全くない。

「美優、お前また寝たのか?少しは私、織田瑞姫に使える一の将軍、明智美優として誇りを持て!」

「……………………すみません」

織田は明智に怒鳴った。
どうやら明智は居眠りの常習犯らしい。しかも立ったまま寝るのでたちが悪いとか。
というよりこの戦乱の時代、よくそれで殺されないのが不思議なぐらいだ。
この少女にはそういった自覚等々が壊れたからくりのように抜け落ちているのかもしれない。


「……見苦しいところを見せたな。すまない」

「いやいや。元々は私の問題ですから。気にしてません」

織田の謝罪に、俺は本当に気にしていなかった(むしろこれからどう発展するか見てみたかった)ので、心からの社交辞令を返した。
心からの社交辞令って、なんか建前建てまくりっていう意味に聞こえるが、全くの逆だからな?

「ところで、お前の名前を聞いていなかったな。ずっとお前と言うわけにはいかまい」

「神楽、悠。です」

この人、普通に会話してても威圧感あるんですけど。
なんだか嫌になってきた。溜息しか出ない。

「ほう……神楽と言えば、あの軍師一家か。よりにもよって私のところに来るとはな。
 よかろう、私の名前は既に知っているだろうが、織田瑞姫だ。好きな風に呼ぶがよい
 私は『悠』と呼ばせてもらうがな。短いしな」

呼び方にまで合理化を図ったよこのお姫様。
どうすればいいんだ……?女の人を呼び捨てで呼ぶのは気が引けるしな。

「悠!」
「瑞姫!」
「あははははっ!」
「あははははは!」

なんか嫌だ。絵面的にはいいかもしれないが、後に様々な人間から嫉妬を買いそうだ。
ここは無難に「お姫様」か?いや、「瑞姫姫(みずきひめ)」?姫が被って傍観者からしたらすごくうっとおしいか。
なら「瑞姫さん」?いやいや余所余所しいのはよくない。なら――。

「何を迷っている、悠。もう呼び捨てでいいではないか」
ついに時間の短縮にも手を出しましたか。

「お、お待ちくださいっ!な、なぜこのような者が!」
「お前が口出しする場面ではなかろう。これは私と悠の問題だ。
 お前も後でじっくり可愛がってやるから今は何も言うでない」

刹那、明智の頬が真っ赤になった。
何なんだこいつは。というか姫は何をする気なんだ…………。
いささか気になるが、敢えて聞かないことにしておこう。

「悠、お前は晴れて織田軍の一員となった。一刻後、歓迎会を行おう。私が迎えに来るから、それまではこの部屋におれ」

「はっ」

ここまで来たなら、気分を変えないとどうにもならない。将軍と家臣という関係は揺らいではならない。
どこまで行っても人は人。
この戦乱の世に、情けはないから裏切りだってあり得る。
しかし、生涯をふいにしてしまわない為には、裏切らないことが大切だと思う。恨みを買うような行為はそれだけ自分の寿命を縮めるだけのものにしかならない。

……と、大層な事を考えてはいるのだが、実は気晴らしである。

「これ、瑞姫……さんの部屋じゃん」
怖かったので「さん」をつけてみたが、あの人はどこまで自由なんだ。
それが為に全く集中できない。何に集中するのかも忘れてしまった。

書院造はいいのだが、それにしても散乱している。何が?下着が。

今まで気づかなかったのがおかしいほどに大量に散らばっている。
多分下着の柄的に瑞姫……様の部屋だろう。少し南蛮めいた柄だから、違いない。違ったらどう言えばいいのか――。

「………………………」
明智さん、凝固。
次第に融解、温度の上昇を確認。
なんか目に血がたぎってる。

「死ねぇ!」
刀を――抜刀!
やべぇ、日本語を気にしてる場合じゃない。
数センチ避けるのが遅かったら死んでいた、確実に。
というか明智さん、本音が。

「きっ、貴様!何をしている!?私も未だ入ったことのない花園……ではなく瑞姫さまの部屋に入って、さてはもう謀反か!!」

もう俺は裏切ること前提らしい。
頼むからそういう妄想は止めてくれ、死ぬだろ、俺が?

「お前、話聞いてた?」
「何のですか?」

アホの子か。お前はアホの子か。
さっき俺はお前の主人から許可もらっただろうが。
どうしてこうも俺だけが常識人なんだ。まさか瑞姫さまの周りの奴らも「うつけ」なのか?

「瑞姫……さま、から話聞いてくるといいよ。俺は無罪だから」
「そうやって私を唆すつもりか?策士にしては随分と浅はかな考えをお持ちのようで!」

明智は即答したのち、抜刀した刀を構え直す。
殺す気ですねわかります。貴女の殺意は見ずとも肌で感じることが出来ます。

「本当だから聞きに行ってこいよ。俺の首をはねて後々聞いてみると本当だったらどうする?死に目に遭うぞ」

「うぅ……」

明智は怯む。やはり死は怖いのか。これしきのことで死にたくはないだろう。俺って良い奴だ。

自分よりも他人を心配する俺。
自分が死んでも、周りに影響はないからな。

「わ、分かりました……その代わり、嘘だと二人で斬り殺しますからね!」
「はいはい」

物騒なことを言われるも、怖くとも何ともない。
俺には「瑞姫さまのお許し」があるのだから。

その後、明智は怒ったような、困った顔にも見える顔のまま部屋を去っていった。

――さて、一段落したところで内容を整理しよう。
ここは16世紀の日本。世は戦乱、新しい支配者を求めて戦いが幾度も起こる。
その中で「戦国大名」といわれる人間たちを中心に、勢力が構成されていった。
俺はその中で尾張国の領主と成りうる織田家家督、「織田瑞姫」の下につい先程雇われた。
周りには「斎藤」「武田」「徳川」「上杉」と言った強力な戦国大名勢が包囲網を敷いているが、何故彼女らに魅力を持たなかったか。
それは「織田瑞姫」の強さ、それに限るだろう。強い軍門に行きたかった、ただそれだけだ。

というわけで只今、その包囲網の脱出法を考えているところだ。

近畿方向に逃げるか、 関東方向に逃げるか。
近畿なら朝倉、斎藤、六角、尼子、毛利、大友、龍造寺、そして島津と言ったところか。
関東なら上杉、武田、徳川、伊達。
むしろ逃げるよりは中部全てを制圧してからゆっくりするのもいい。何にしろ、上杉、武田は何れにせよ危険因子に成りうる。早急に手を打たないと尾張が潰されかねない。
今は上杉と武田が互いに睨み合っている為こちらに手をかけてくることはなさそうだが、その状況もいつまで続くか分からない。
何にしろ、このままでは天下を治めることはともかく、生き残ることさえ難しい。
それだけに、内政にどれだけ力をかけるか、外政の負担をより慎重に考えなくてはならない。

大変な仕事を引き受けてしまったものだ、と今更ながらに後悔。
好きでやっているのだから、逆に楽しい気もするが。

さて、しばし休むか――。

俺は今まで正座をしていたが、身分が上の人間が居なくなりその必要が無くなった今、足を崩して座る。
しかしそれでも落ち着かない俺は上半身を倒し、部屋に大の字を描き横たわった。
他人の部屋なのでとても申し訳なく思うが、今は俺が使用しているので遠慮なく使わせてもらおうではないか。


今は、何も考えない。
頭が休まる暇も、どれぐらいの間あっただろうか。
ずっと働き続けた俺の脳に、賞賛を送りたい。
お疲れ様、俺。

さて、一眠りするかな。
なんだか今日は昼間でも眠たい。
精神力を使いすぎたせいかな。
織田瑞姫に会ったからかな。そうかもしれない。
……よし、寝よう。

目を閉じれば、そこは暗闇。
意識も次第に薄くなっていき、俺の記憶はそこで途切れた。
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匿名読者
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