男「何だかんだでもう夜か……。さ、寝よ寝よ」
ゴロン
男「(明日は玉砕覚悟で想いを伝えるぞ……)」
男「(……色々考えてても仕方ないし、とにかく寝よう)」
ゴソゴソ
男「ふあああっ……」
男「お? 体のだるさが殆ど無くなってる。よしよし、ようやく治ったか」
男「さて、朝飯にしっかりした物でも食べて体力を完全に回復させますか」
風邪「ぽかぽかしていい天気……」
チリンチリン
少年「うわっ!」
風邪「きゃ!」
スウッ……
風邪「!?」
キキーッ!
少年「大丈夫ですか! 今、左手に思いっきりぶつかりましたよね?」
風邪「(すり抜けた……?)」
風邪「(右手が肘の部分まで……。そっか、ついに……)」
少年「あの、大丈夫ですか?」
風邪「ん? ええ避けたから大丈夫よ。びっくりしちゃっただけ」
少年「え? でも、絶対ぶつかった気が……」
風邪「何ともないわ。それより……急がなくても大丈夫なの?」
少年「え……? うわっ、部活が!」
風邪「それじゃあね」
少年「えっ、あの、う~ん……本当にすいませんでした!」
チリンチリーン
風邪「(今日がこんなに天気のいい日で良かった……)」
男「ふんふんふん~」
コンコンコン!
男「うえっ!(何で今日はこんなに早いんだ!? まだ心の準備が……)は、は~い」
ガチャ
風邪「こ……こんにちは。すいません……いつもより早く来てしまって……」
男「いやいや、構わないですよ。あれ……? 何か顔色が悪いみたいですけど……」
風邪「ええ……ちょっと走ったもので……」
男「そうでしたか」
風邪「男さんこそ……服装がいつもと違うみたいですけど、どうしたんですか?」
男「あの、風邪が治ったみたいなんです(正確には、まだ全快ではないけど)」
風邪「そうでしたか。……それはおめでとうございます」
男「(この会話……。俺の予定では、部屋でお茶でも飲みながら交わされる予定だったのに……。いや、こうなったら臨機応変にいくしかない!)あ、あの!」
風邪「はい……?」
男「俺、風邪が治ってあなたとの接点は無くなってしまうんですけど……いえ、お礼には必ず伺うつもりなんです! でも、それ以外でも接点が無くなるのが嫌だと思って……」
風邪「……」
男「すいません、頭が混乱してきたんで単刀直入に言います、俺……」
風邪「……!」
チッチッ……チ……
その一瞬だけ、
時間はひどくゆっくりと流れた
死期を目前とした者が、時間を止まったかのように感じるというやつだろうか
それとも誰かが、時間をねじ曲げたのだろうか
分からない事だらけだけどこれだけは分かる。
これは……決断する為の時間だ
いま、分かった。
男さんも私の事を想ってくれている。
男さんの口から、それを直接聞けたらどれほどいいだろう。
そうしたら私もこの想いを伝えるのに。
そうできたらいいのに。
それは、一体どれくらい幸せな事なんだろう
想像するだけで胸が苦しくなる。
でも、私はここで帰らないと。
この線を超えたらもう戻ってこれなくなる。
だって、男さんがこれから言おうとしている事を想像するだけで、やっぱり離れたくないと、男さんの近くにいたいと願う私が抑えられなくなってきている。
聞きたい
聞きたい
でも聞いてはいけない……
私の中で答えが出たと同時に、時が急速に元の流れへと戻っていくのが分かった。
……チ…ッ、チッチッチッ
男「俺……あなたの事が……!」
風邪「男さん」
男「すっ……!?」
風邪「あの、私……」
男「(どうしたんだろう……さっきの彼女の声を聞いたら言葉が止まってしまった……)」
風邪「私、もう行かなきゃいけないんです」
男「えっ……?」
風邪「ごめんなさい、それで今日はこんなに早く来たんです」
男「……」
風邪「最後に挨拶しに来れて良かったです(風邪、笑って……笑わないと)」
風邪「(思い出して、私は男さんに恋する事ができて、男さんも私の事を思っていてくれた。私は幸せだったのよ。……さあ、笑って)」
ニコッ……
風邪「ありがとうございました男さん」
風邪「それじゃあ、私もう行かなきゃいけないので」
男「……」
キイィ……
風邪「さようなら……」
バタン
男「!(俺は……何をボーっとしていたんだ!)ま、待って下さい!」
バン!
男「い、いない……?」
スタスタ……
風邪「(男さんの言葉を途中で遮って一方的に喋ってしまったけど、私の事を嫌な女だって思っていないかしら? ……ちょっと心配)」
風邪「……っ」
ポタッ……
風邪「(恋をして良かったと手放しに言うには、今はまだ悲しすぎるなあ……)」
風邪「(でも、男さんに会わなきゃ良かった何て絶対に思わない……)」
風邪「(ああ、もう消える……。多分、ほんの少し言葉を語るくらいの時間しか残されていない)」
風邪「(……ふふ、それなら、最期の言葉なんて決まっているようなものじゃない)」
風邪「男さん…………
大好きです
男「(どこにも居ないなんて……)」
男「……」
男「(もう一回探しに行こう……!)」
ピンポーン
男「!」
バン!
男友「うおっ! びっくりしたー!」
男「あ……!」
男友「よう、久しぶり。お前から連絡もらった後、急用で実家に帰っててさ。見舞いに来るの遅くなってごめんなー」
男「…………」
男友「でもお前、何か元気そうだけど……もしかしてもう治っちゃったとか?」
男「友……」
男友「どしたよ?」
男友「……う~ん、ちょーっと待てよな。頭の中整理するから」
男「おう……」
男友「……。あのさあ……」
男「何だよ」
男友「今の話……お前の夢って事はないよな?買い物も、夢遊病みたいに高熱のお前がフラフラ~って……」
男「お前……」
男友「だってさ~、普通に考えてもおかしいだろ。どっから突っ込んだらいいのか俺分かんねーよ」
男「……」
男友「なー……。もしかしてその女の子って、詐欺師か泥棒だったんじゃないのか? 財布とか通帳大丈夫か?」
男「彼女の事を悪く言うな!」
男友「お、怒んなよー。お前の心配してるだけだろ?」
男「……すまん。でも、彼女は本当に悪い人じゃないんだ……」
男友「はあ……。よし、こりゃあアレだな。カリオストロ的なオチだろ」
男「……?」
男友「彼女は、とんでもないものを盗んでいきました。あなたの……」
ガタン!
男「お前……ふざけてんのか!」
男友「お前こそ、いつまでも塞ぎ込んでんじゃねーよ!」
男「な……?」
男友「お前が言うんなら……狐だか幽霊だか、通りすがりの天使だか知らんけど、その彼女は居たって信じてやるよ!」
男「友……」
男友「彼女はお前が元気になったから安心して姿を消したんじゃないのか? だったら、お前がいつまでも悲しんでていい訳ないだろうが!」
男「……!」
男友「ふざけてでもいいから、彼女の為に笑ってやれよ馬鹿野郎!」
男「…………」
男友「俺の言いたい事は以上。何か文句あるか?」
男「…………ない」
男友「……なら良し」
男「……は、はは……(何だかなあ。無茶苦茶なのに、コイツの言う通りな気がする)」
男友「何笑ってんだよ。お前が悪いんだぞ」
男「すまん。でも、笑えって言ったのは……」
男友「いや、俺だけどさ。まあいいや、笑え笑え」
男「もう笑うのはいいよ。代わりに……今さっきの台詞もう一回言ってくれないか?」
男友「はあー? いきなり何だよ。今さっきの感動的な台詞を心にでも刻み込むつもりか? てか、もう覚えてねえよ」
男「違うよ。お前が今さっき熱弁してくれた台詞も良かったけどさ」
男友「? ……! お前……さっきのはネタで言ったんだぞ。本気で言ってたら、ただの危ない人じゃねえか」
男「そこを何とか」
男友「……今度焼き肉でも奢れよ」
男「了解」
男友「はあ……。奴……じゃなくて彼女は、とんでもないものを盗んでいきました。あなたの……心です」
『男さん』
男「……はい」
コメント