上司「遅かったやないか。おい、お前……どうしたんや?」
風邪「上司さん……っ」
上司「何があった?」
風邪「ご、ごめんなさい……上手く言葉が……。すぐに泣き止んでちゃんと喋りますから……」
上司「そのままでええ。無理すんな」
風邪「え……?」
上司「聞こえづらくても、ちゃんとお前の話は聞いたる。やから別に無理して泣くの止めんでもええ」
風邪「はい……っ」
上司「で、どうしたんや」
風邪「ちゃんと男さんに挨拶はできたんです。自分でも納得できたと思っていました。でも、大丈夫なはずなのに……大丈夫じゃないんです。私、上司さんと約束したのに、それを破るような事を言おうとしています……」
上司「……言うてみい」
風邪「私……男さんの所に行きたいです……」
風邪「ごめんなさい……」
上司「それでお前が消えてしまうとしても、会いたいんか?」
風邪「もう、どのみち私は消えてしまいますから……」
上司「なんやと?」
風邪「駄目なんです……。何をしていても男さんの顔が浮かんできて、何も手に付かないんです。だから……まだ、次の相手にも接触できていません」
上司「なっ……アホか! その男だいぶ回復したんやろ!? そんなん……そんなん、数日もせんうちに消えてまうぞ!」
風邪「……」
上司「どうしても無理なんか」
風邪「はい……」
上司「お前は……そんな悲しい終わり方でええんか」
風邪「いいえ」
上司「ん?」
風邪「私の中で、凄く幸せな一瞬というものが存在するのならば……終わりもきっと悲しいだけではないと思います」
上司「そうやとしても……お前はそれで終わってええんか? 悲しいだけじゃないとしても、自分が……消えてしまっても構わんのか」
風邪「正直……駄目です。消えるのは怖いし、嫌です……」
上司「そんなら何で……」
風邪「でも、ここに来るまでに男さんと交わした言葉や、男さんの表情が次々に頭の中に溢れてきたんです」
風邪「頭の片隅で、男さんをこれ以上思い出したら戻れなくなるんだろうなって思いました。でも、男のいない日常を改めて意識したら……戻れなくても……」
上司「ちょっと待ちや」
風邪「え……?」
上司「悪いけど、それ以上は聞きとうない。誰かを苦しいまでに想えるのは素晴らしい事や。それは間違いない。でもな、お前に消えて欲しゅうないと思うとる奴にとって今の台詞を聞くのがどれほどに辛い事かを考えてくれんか」
風邪「あっ……!」
上司「お前の決心はよう分かった。やから……そのへんで勘弁したってや」
風邪「(私は何て無神経な事を言ってしまったんだろう……!)」
風邪「すいません!言葉が過ぎました……。私、上司さんの気持ちも考えずに……」
上司「そいでまた泣くんかい。忙しい奴やなあ」
風邪「ええ……。やっぱり私、いつまで経っても手のかかる部下ですね」
上司「まあ、それは分かりきった事やからな。とりあえず……儂が言いたかった事を分かってくれたんならええんや」
風邪「はい……(あれ?)あの~、今さりげなく余計な一言を混ぜませんでした?」
上司「気のせいやろ」
風邪「絶対嘘だあ……。もう、そういう所は相変わらずですね」
上司「まあな」
風邪「上司さんって、初めてお会いした時から私をよくからかってきましたよね」
上司「……風邪」
風邪「はい?」
上司「消えてしまうって事はな……今みたいな会話を含めた何もかもに別れを告げなあかんって事や。それでもお前はあの男に会いたいんか?」
風邪「…………はい!」
上司「そうか……なら儂からは何も言えんな。すまんかったな、何回も同じような事聞いて」
風邪「いいえ」
上司「で、お前はこれからどうするんや」
風邪「前と同じように、男さんのお見舞いに行こうと思います。私が消えてしまうまで、ずっと」
上司「まあ、お前らしいっちゃお前らしいわな」
風邪「ふふ」
上司「儂はもう向こうに戻るわ。お前と会うのもこれが最後になるな」
風邪「そうですね。最後まで面倒を見て頂いて有難うございました。上司さんの部下として働けた事を、何よりも誇りに思います」
上司「ああ、お前と働くのは楽しかった。今までありがとうな」
風邪「はいっ……」
上司「おい~、また泣く……」
風邪「な、泣きませんから!最後に見せるのが泣き顔なんて嫌ですから泣きません!」
上司「いや、泣いとるがな……」
風邪「すいません、色々思い出して……。私が……もしもまた体が形を成す事ができたら……絶対もう一度上司さんの部下になります」
上司「儂の意見は無視かいな……」
風邪「駄目ですか……?」
上司「まあ、お前みたいな半人前を指導できるのは儂ぐらいなもんやからな。また一からスパルタで教えたるから覚悟しときや」
風邪「スパルタは嫌ですけど……有難うございます」
上司「ああ。……そろそろ行くわ。じゃあな」
風邪「どうぞお元気で」
上司「…………」
上司「……(儂の行動は正しかったんか……?無理やりにでもアイツを連れて帰れば、いつかあの男を忘れる事ができて消えずに済んだんかもしれん……。でも、忘れる事が出来なんだらアイツはあの男に会えんまま消える事に…………あかん、答えが出せん。そもそも、アイツの選んだ道や。儂がどうこう口出しできる事やない……)」
上司「そういや、アイツは最初から変わった奴やったなあ」
風邪『は、初めまして。風邪と言います』
上司『ああ、話は聞いとるよ』
風邪『精一杯頑張りますので、どうぞご指導ごべんたっ!……!』
上司『(鞭撻って言おうとして、舌噛みよった……)お、おお。宜しく頼むな』
風邪『ひゃい……』
上司「ははは……」
『上司さんの部下として働けた事を、何よりも誇りに思います』
『最後に見せるのが泣き顔なんて嫌ですから泣きません!』
『私……もしもまた体が形を成す事ができたら……絶対もう一度上司さんの部下になります』
上司「…………く……うっ……」
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