風邪「お久しぶりです」
?「よう分かったな」
風邪「先ほど、ドアの外に置きっぱなしだったお見舞いを取りに行った時に、いつも吸われているタバコの匂いがしたものですから……。いつこちらに来られたんですか?」
?「さっき来たとこや」
風邪「そうでしたか。ご足労をかけてしまい、申し訳ありません」
?「なに、これぐらい上司としては当然や。ところで……儂がここに来た理由、分かっとるな」
風邪「……はい」
上司「とりあえず、場所を変えんとな。ここじゃ人目がありすぎる。行くで」
風邪「はい」
上司「ここらでいいやろ」
風邪「そうですね」
上司「風邪、時間もないから単刀直入に言うで。お前が今やっとるのは、ただの自殺行為以外のなにものでもない。すぐにでもあの男から手をひけ」
風邪「……(ああ、ついに来てしまった)」
上司「儂らは、元々の実体が無いに等しい脆い存在や。その存在を保っていられるのも、人が体調を崩した分のエネルギーを儂らの実体を作る分にまわしているからに過ぎん」
風邪「……はい」
上司「だが、人かてずっと調子が悪い訳やない。そしたら儂らは次の相手を探しに行かなあかん。それやのに、お前は次の相手を探すどころか、男の看病まで始めおった……。風邪、このままやとお前消えてしまうぞ」
風邪「そうですよね……。自分でも体調の変化には薄々と感づいてはいたんですが……」
上司「なら尚更急いだ方がええ。もうあの男の看病しに行ったらあかん」
風邪「! 駄目……ですか」
上司「ああ、あかん」
風邪「でも……男さんと約束したんです。しばらくお見舞いに行くって……」
上司「風邪、今はそれどころやないやろ」
風邪「それは……それはそうなんですけど……」
上司「けど何や」
風邪「せめて、もう来れなくなったと伝えさせて下さい…」
上司「…………」
風邪「お願いします……」
上司「本当に、それがあの男に会う最後の機会にできるんやな」
風邪「……はい」
上司「分かった。そんなら、最後の挨拶を済ませた後にまたここに来い」
風邪「はい」
上司「それにしても分からんな……。風邪、どうしてお前はあの男に執着するんや」
風邪「……」
上司「今までそんな事は無かったはずや。どうしてあの男だけを特別視する?」
風邪「やっぱり……負い目を感じているんだと思います」
上司「負い目?」
風邪「はい。男さんだけでなく、今まで私が標的にしてきた全ての人に対して私は負い目を感じているんです。誰かとの約束、大切な試験、楽しみにしていた予定……。私は、私である為に、相手の体調だけでなく沢山の大切なものを崩す事しかできない存在なのだと思う度に苦しくて仕方ありませんでした……」
上司「……」
風邪「今回、男さんを標的にしてしまった事で我慢の限界がきてしまったのではないかと思うんです。自分でもよく分からないのですが……」
上司「よく分からない? どういう事や」
風邪「いえ、ふいに……負い目とか罪悪感以外の、他の感情を自覚する瞬間があって……。……すいません、頭が混乱してきました。今のは忘れて下さい」
上司「お前、それは……」
風邪「はい?」
上司「いや、何でもない」
風邪「?」
上司「それはそうと、お前は今でも人に対して負い目を感じとるんか?」
風邪「はい……」
上司「昔から言うてきたやろ。あまり自分の存在を否定するような事は考えたらあかんで」
風邪「すいません、これだけはどうしても……」
上司「生き方を誇れなんて大層な事も言えんが、儂らの存在にも何かしらの意味は有ることを頭の片隅に置いときや」
風邪「そのお言葉、久しぶりに聞きました」
上司「同じ事を言うのもこれが最後にしたいもんやな」
風邪「ふふ、善処します」
上司「話が本筋から外れてしもうたな。とにかく、明日またここに来るんやで」
風邪「分かりました」
上司「くれぐれも、次で男に関わるのが最後やという事を忘れるんやないで。……じゃあな」
風邪「はい、ではまた明日」
風邪「明日で最後……」
男「今日は結構体調がいいな。まあ、病人には変わりないけど」
コンコン
男「彼女だ!」
ガチャ
男「どうもお待たせしました……うお! その荷物どうしたんですか?」
風邪「こ、こんにちは……」
男「とりあえず中に……。あ、半分持ちますよ」
風邪「すいません」
男「それにしても沢山買いましたね~。近所で特売セールでもやっていたんですか?」
風邪「いえ、これ全部お見舞いなんです」
男「へえ……え? だ、誰の?」
男「えええええ!?」
男「や、やだなあ。どうしてこんなに沢山お見舞いを? 普段の数倍はありそうな量じゃないですか」
風邪「それぐらいないと、完治するまでに足りるか不安で……」
男「?」
風邪「……男さん……ごめんなさい……。私、もうお見舞いに来れなくなったんです」
風邪「…………」
男「あまり落ち込まないで下さい。家の方の都合があるなら仕方ないじゃないですか。もちろん、そっちを優先して下さい」
風邪「でも、私しばらく看病しに来ると約束したばかりだったのに……」
男「だいぶ元気になったから大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
風邪「(確かに、男さんだいぶ元気になったみたい……。そうね……きっと、きっともう大丈夫……。ああ、こんな悲しい顔していたら男さんが心配してしまう……男さんの為にも笑わないと……)そうですね……。男さん少し元気になったようで安心しました」
男「少しくらいじゃなくて、かなり元気になりましたよ。安心して下さい」
風邪「ふふ、じゃあ心配はいりませんね」
男「近いうちに、山のようなお礼を持って挨拶に行きますよ」
風邪「(近いうち……)」
男「……もしもし?」
風邪「(……!)楽しみにしていますね」
男「それじゃあ気をつけて」
風邪「見送りはいいですよ。今日、外寒いので」
男「寒いんですか?」
風邪「ええ、男さんまた体調が悪化しちゃいますよ」
男「そうですか……。ちょっと待っていて下さい」
風邪「男さん? 男さ~ん」
男「すぐ戻りますから~」
風邪「?」
男「え~と、ここに……あった! うわ、よく見ると毛玉だらけ……」
風邪「男さ~ん?」
男「どうするよ俺……」
風邪「あっ、男さんどうしたんですか?」
男「え~、いやその……(こんなダサいの差し出して軽蔑されないか? でも外は寒いらしいし……)」
風邪「?」
男「(えーい、いったれー!)外、寒いみたいなんで、これ使って下さい!」
風邪「これ……」
男「見えなくてもマフラーです。ははは……、もう毛玉だらけで色も最悪なんですけど何もないよりはマシかな……なんて。……良かったらどうぞ」
風邪「ありがとうございます……。男さん、私すごく嬉しいです」
男「いやいやいや! そんなマフラーごときで大袈裟ですよ。気にしないで下さい」
風邪「いえ、本当に嬉しかったです。……それではさようなら」
男「ええ、また今度」
……パタン
風邪「(男さん、このままいけばすぐ元気になりそうね。…………そういえば、マフラー借りちゃった……。馬鹿ね、もう会えないから借りちゃいけなかったのに……)」
『ええ、また今度』
風邪「(私は、さよならって言ったんだけどな……。男さん、もうさよならなんですよ……)」
風邪「男さん、さよなら……」
さよなら
男『……ど…も……どちら様……ですか……?』
風邪『どちら様……ええっと……(考えてなかった……! 正体を打ち明ける訳にもいかないし……どうしよう、何て言ったら……)わ、私は……(何かいいアイディア、何か……)』
男『……?』
風邪『(い、一か八かだ!)私は……隣の者です!』
男『……はあ……』
風邪『(とんでもない嘘をついてしまった……!)』
この思い出にも
風邪『(男さんが出てきた……! また私がパニックをおこしたら男さんの体調が悪化してしまうから、冷静に……冷静になって……)』
男『ゲホゲホゲホ! こ、こんにち……ぐっ! ゲホゲホ!』
風邪『(何でーーーーーー!?)』
この思い出も
風邪『お、男さん……私が肩を貸しますから、お部屋まで戻りましょう!』
男『ゴホゴホ! ……え?』
これも
『グウ~』
男『…………』
風邪『……ぷふっ……! ご、ごめんなさい。でも、ついおかしくて……ふふふっ……』
男『は……はは……』
風邪『男さん、やっぱりお食事作らせて下さい。ちゃんとご飯を食べたらすぐ元気になれますよ』
男『……お願いします……』
風邪『「はい!』
……これも
男『俺を助けてくれたのは、全部あなただった訳だ。本当にどうもありがとう』
風邪『…………!』
…………
男『治ったら必ずお礼に行きます。……もしもし?』
風邪『(また足が震えてる……。ああ、もう好きなだけ震えてしまえ! 弱虫なりに覚悟を決めてやる!)わ、私……』
男『はい?』
風邪『私、やっぱり男さんのお見舞いに来たいです。男さんが本心から私の事を迷惑だと思っていたとしても……せめて、お見舞いを扉の前に置く事は許して下さい……』
男『……』
風邪『願いします……』
全部、今日でさよなら……
だって
男『外、寒いみたいなんで、これ使って下さい!』
風邪『これ……』
男『見えなくてもマフラーです。ははは……、もう毛玉だらけで色も最悪なんですけど何もないよりはマシかな……なんて。……良かったらどうぞ』
風邪『ありがとうございます……。男さん、私すごく嬉しいです』
これ以上男さんと関わる事はできないから仕方ないんだよ、風邪
体が形を保てなくなってしまうから
だから、だから
風邪『……それではさようなら』
男『ええ、また今度』
だけど
ポタッ
風邪「ふ……うえっ……男さんに……会いたい……」
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