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「ったく、情けない。」
藤原妹紅は医務室に用意されているベッドで横になったまま独り言を呟いていた。
「どうですか、調子は?」
ガラガラと引き戸を開ける音がして開口一番に様子を窺うのは鈴仙・優曇華院・イナバ(れいせん・うどんげいん・いなば)。ここの医長の愛弟子だ。
「……まぁ、いいっちゃいいんだが…」
ならよかったです、と言わんばかりににっこりとカーテンをくぐり私のほうを見てくる。
私は、訳あって不老不死の力を手に入れてしまい、今じゃ死ぬことすらできない身体になってしまった。
そんな私が見知らぬ相手に右腕の骨と肋骨を簡単に折られてしまった。
完璧に不意だったが、こんな風になるはずじゃなかったと、怒りがこみ上げてしまう。
私は、いたって元気だ。しかしこんなところにお世話になっていることにも腹を立てている。
なぜなら
「あら、もう目が覚めちゃったの?ざんねーん。」
ここ永遠亭はにっくき相手、蓬莱山輝夜(ほうらさんかぐや)が住まう場所でもあったのだ。
「とっくに目ぇ覚めてたよ。」
鈴仙はうううと、この緊迫した空気に耐えられず、後ずさりしている。
私にとってはこの緊迫した空気こそがいい。ましてや相手が願ってもない相手だ。
私はいま、ここで戦ってもいいような気がした。
「しかし無様ね、貴方が幻想人以外に負けるとはね。」
プッスー、と半笑いでこちらに寄ってくる。
これ以上の屈辱はないものの、本当のことなので怒りは胸の中に留めておくことに。
「で、相手はどんなやつだったの?」
輝夜が私の寝ている(今は半身起きているが)ベッドに座ってきた。私は触れてたくもなかたので足を引っ込める。
「べ、別にどんな相手でも、」
「どんな相手だったの?」
身を乗り出してこちらによってくる。麗しい瞳ととろけそうな唇で私の顔に近づけてくる。
私はそんな輝夜の顔に枕を投げつけた。
「お前じゃとてもじゃないけど勝てないよ。ありゃ。」
「も、妹紅ぅ~!」
輝夜はそれどころじゃないらしい。先ほど投げた枕のことについて怒りの矛先を向けたらしい。
「あなたねぇ!私が優しくしてあげているのにその態度はないでしょう!?」
「おー悪い悪い、つい癖でやっちまった、許してくれ。」
「な、なんなのその謝りかたは~!!」
私達がキーキー騒いでいると、再び引き戸を開ける音がする。
入ってきたのは治療してくれた張本人、八意永琳(やごころえいりん)だった。
「あんまり騒がないでくれる?仮にも医務室なのよ?」
カルテと思われる資料をぱさっとデスクの上に置くと、私達のほうに座りながら身体をこちらに向ける。
「それで、身体は大丈夫かしら?」
「ん、あぁ、何とか。」
そ、と一言笑顔で言われるとくるりと身体をデスクに向ける。
「……慧音は平気なのかしら。」
その背中から言われた言葉は、今の私の元気をすべて奪うような言葉だった。
「……まだ寝たきりだ。本当なら近くで看病しなくちゃならないんだが。」
思わず顔を下に向けてしまう。永琳が言っていた慧音とは上白沢慧音(かみしらさわけいね)のことで、今、私の同居人だ。
「……そう、それならいいわ。」
カルテになにやらいろいろと書き込んでいる。おそらく慧音のことだろう。
「もう動けるでしょう?なら、これを持っていくといいわ。」
そういってまたこちらを振り向く。今度は手になにやら持っている。
「ごめんなさいね、あの病気はこうやって薬を何回か定期的に摂取しないと完治しないのよ。」
これはいつも渡される慧音のための薬品だった。それに、なにやら今回は多めだった。
「この袋の中には貴方のための薬もあるわ。この薬で貴方の怪我は幾分か完治に近い形になるわ。」
「……ありがとう。」
私は心からの感謝をする。もし、この薬がなければ慧音は死に追い詰められていただろう。
こうなると、私は永遠亭に頭が上がらない。悔しいが私は輝夜に頭を
「だからって、お前がニヤニヤする意味がわからん。」
下げられるはずがなかった。憎いものは憎い。絶対頭なんか下げるものか。
「まったく、姫様も今はからかわないの。」
「わかってるわよー。」
目の前で手を広げクルクル回る輝夜はうっとうしいほかなかった。
「ったく、とりあえず、私は帰るからな。本当すまないな、永琳。」
いえいえと、笑顔で手を振られる。
私としては、いますぐ八雲の様子を窺いたい所だが、慧音の事もある。
ベッドを降りると、ちょっと背伸びをする。
ところどころ痛いところがあるものの、ぽきぽきと首を鳴らすと私は医務室を後にしようとしたときだった。
「あら、おはよう。」
医務室の引き戸を開けたら目の前に八雲紫が立っていた。
***
「あなたが負けた?しかも外来人に?」
永琳が書き込んでいた手を止めた。それほど衝撃だったのだ、何せ幻想郷最強クラスの一角が外来人に泥を塗られたのだから。
「やつは…何処に?」
病み上がりの妹紅が恐る恐る聞いている。少しばかりか冷や汗らしきものが顔に一瞬浮かび上がる。
「最後にスキマに送ったわ。あれで当分は出られないはずよ。」
「当分って」
鈴仙がお茶が入っていると思われる湯呑みを永琳と輝夜の前に置いて、次に私の前に置こうとしてこちらに近づくときだった。鈴仙はピタリと動きを止め、こちらを見ている。
「当分の間って、いつかは自力で出てきてしまうってことなんですか?」
私はその通りよ、と言わんばかりの笑顔を見せ、後付けで「うん」と首を縦にふった。
「あ、えーりん、私にもお薬くださるかしら?」
「え、えぇ。」
止まっていた手を動かし始めたと思ったら、再び手を止めた。
「……相手は一体?」
永琳がそう問うと、私より先に妹紅が口を開いた。
「あれは恐らく魔術の類いだ。霧雨んとこと同じ感じの。」
妹紅は壁にもたれながら語っていく。私も同じように口を開く。
「確かに魔術を使っていたわ。ただし、魔理沙と違うところは、何もないところに使う魔法じゃなくて何かに対して使う魔術を使っているってとこね。」
鈴仙が静かに首を傾けている。どうにも難しかったらしい。
「要するに魔理沙と似て非になるものよ。」
人差し指でちょいちょいと鈴仙を呼ぶ。鈴仙はウサギの耳をひょいと伸ばし、私にお茶を渡していないことに気付く。
さすがに熱々ではないが十分に体が暖まる程度の温度はあった。
ずずず、と音を立てる。さすがに中身は熱く、多くは飲めなかった。
「戦えばわかるが、あれは相当戦闘に長けている。特に接近戦、あいつに近づかれたらアウトだ。」
妹紅がすっと前にでる。片手には処方せん用の紙袋を持っている。
「妹紅、その手のものは?」
ん?と今気づいたかのような反応をみせる。
「おっとそうだった。悪い、先に帰らせてもらうわ。」
小走りに駆け出し、引き戸を強く開けると、手をひらひらと横に振り医務室を出て行った。
「あーあ、行っちゃった。私もてゐと遊んでこよー。」
続いて、輝夜も出て行ってしまう。彼女は背伸びをしながら悠々と出て行った。
―――――――――
「ふぅ、さて永琳。私のお薬はまだかしら。」
すい、と椅子を動かし、永琳に体を向ける。永琳は湯飲みを両手で持ち、ふぅ、と同じようなため息をはく。
とん、と湯飲みをやさしく置くと、デスクにひじを乗せ、頬杖を立てながらこちらを見てきた。
「あなたに出す薬はないわ。だってその傷、自分でつけたじゃない。」
永琳は白い目でじろりと見ている。
「あら、もうばれちゃったの。」
「とっくに気付いているわよ、もう。」
そう、この傷は自分で付けたもの。あのデカブツ男には圧勝した。
しかし、優曇華院だけはこの状況を理解していない。
「……で、なんなの?妹紅のプライドを守ろうとでもしたの?」
「ま、そんなとこかしら?これで堕ちて慧音の看病に付きっ切りじゃせっかくの主砲も先が見えなくなるわ。」
ぺらぺらと話を進める。私の発言の「主砲」には二人とも首をかしげている。
「まぁいいわ、私もそろそろお昼寝タイムにするわ。」
私は背伸びをする。お昼寝といってもまだ夜は明けてないが。
「本当身勝手よね。夜中だって言うのに博麗の巫女をおぶって「診察お願い」だなんて無茶を…次に妹紅も。」
永琳が肩をコキコキと鳴らす、ちょっと無理をさせてしまっただろうか。
まぁ、それもそうだろう。寝ているところに押しかけて無理矢理診察をさせてしまったのだから。
おかげで、愛弟子の優曇華院も大きな欠伸をかいている。
「無理をさせて悪かったわ。後で礼を言いに来るわ。」
「そのときは是非患者さんを連れてこないように。」
釘を打たれながらも私はスキマを大きく開けた。このスキマの中を私は自由に出入りできて、好きな空間に出られるという優れもの。
そのスキマの中に入ろうとしたそのときだった。
ぱちっ
小さな霊撃。
スキマの入り口部分に稲妻のような電流が一瞬流れるのを、二人は見逃さなかった。
もちろん、見逃したのは優曇華院だけである。(大あくび2回目)
『―――!!』
ざっとバックステップを決める紫、その後ろでは身を構える永琳。
優曇華院も何かを感じ取り、同じ用に身を構える。
スキマの中は、濃い紫色のよどみを見せている。
「――意外、もう外に出れたのね。」
紫の口からもれたのは、計算外の言葉だった。
「ウドンゲ、先に妹紅の後を追って、私も後から行くわ。」
「りょ、了解です!」
すると、優曇華院はお盆をデスクに置き、医務室を飛び出す。廊下を駆ける音がだんだんと小さくなっていく。
「紫、これはどういう。」
「私にもよくわからないわ。ただいえるのはやつが私のスキマから脱出したのは確かよ。」
二人とも緊迫の表情を見せる。問題は妹紅だ。妹紅だやつと再び顔をあわせるとどうなるかわからない。
下手したら妹紅はその男の下へ駆け寄り、戦いを繰り広げてしまうかもしれない。
そうなると、慧音の状態も悪化も違いないし、何しろまだ未感知な身体、そんな身体で挑んだら本当に寝込むような状態になりかねないかもしれない。
紫はもう一度スキマを見る。微かに電流の跡が残り、中はとてもじゃないが入れない状況と判断したのか、紫は静かにスキマを閉じた。
「私もすぐ後を追うわ。そしたら――――。」
今まで緊迫の表情を見せていた永琳と紫だったが、永琳が駆け出そうとしたとき、突然、何を思ったか永琳に向けて手の平を見せる。
「待って」
紫は冷たい目線を医務室の窓に向ける。その窓からは、そろそろ明け方になりそうな、ぼやけた程度の明るさを見せる夜空しかなかった。
「永琳、ちょっとお願いがあるわ。」
紫は、怪しげな笑みをこぼすと、誰もいないのにもかかわらず、永琳に耳打ちをした。
―――――――――
私はそのまま慧音の自宅に向かうはずだった。
このまま帰って看病しなくてはならないはずだったのに、やらなきゃいけないことが起きた。
あの男が――――復活した。
紫は当分出られないといっていたはずなのに、こんなに早く出られてしまうとは、おそらく仕掛け人も驚いているに違いない。
私は、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
紫に助けてもらったままこのまま引き下がれるわけにはかない。
出てきたところを出会い頭に潰す。それも、何倍にも大きく返して。
よくも私に泥を塗ったな。これじゃ輝夜にも顔見せができない。
不意に、あの憎たらしい輝夜のあの馬鹿にしたような顔で私を笑う姿が目に浮んでしまった。
思わず力んで、背中の炎を出してしまうところだった。
とりあえず、あの男には借りを返さなくてはならない。
私は、数時間前に戦っていた場所に戻り、煙立つ中からゆらりと見えてくる人影に、全速力で駆けていった。
―――――――――
「―――ふむ。」
腕をぽきぽきと首をこきこきと音を鳴らしながらのしのしと歩いている男の名はアルツ。
コード=アルツ。彼は教会内ではそう呼ばれている。
そんな彼は時計塔から託されたミッションをこなすためにここ、幻想郷に来たのはいいのだが。
「……救われんな。」
彼はここに来てから戦いしかしていなかった。
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