「ありがとう――ございます」
ぼくは項垂れて、言うべきことを呟いた。
あれから。
三十分も経たないうちに、二人の人間を肩に抱えたまま、ヴァンはぼくと霧崎さんが来た道を逆に引き返した。人目のない歩道を駆け回り、民家の屋根から屋根へと飛び移りながら――街の明かりが多い場所に出ると、すぐに件の黒影を階段のように造り変えて、大通りに賑わう雑踏の真上を、逃げも隠れもせず通り過ぎていく。これが正真正銘の生きた都市伝説と言うのなら――なるほど、誰が見たところで一瞬の幻にしか感じまい。
学生街の中を北向きに駆けて、目的地のビジネスホテルに到着すると、三十メートル以上の高さはあろう八階の窓から何の苦もなく這入るヴァン。ここが二人の根城らしく、夜ともなれば近くの人通りも途絶えるだけに、隠れ家としてはかなり機能的のようだった。
窓を閉めて部屋に踏み込んだヴァンは、手始めにぼくをその辺に放り投げる。ぐえ、と潰れた蛙のような声が出て、あまりの痛みに目も覚めた。絨毯が敷かれていない板張りの床に横倒しとなったぼくは、芋虫みたいに這い蹲る姿勢でダブルサイズのベッドへと近付き――どうにか身体を起して、幅の広いフレームに背を凭せかける。
身体が鉛のように重い。
右腕に握力がないのがわかる。骨を折るのは初めてだったが――とくに感想はない。強いて言えば食べ損ねた夕食なんかよりも、正直今のぼくにはあの回復力が欲しいところだった。
だけど、そんなのは思っても願い叶わずだし叶って欲しい願いでもない。ふうぅ、深く息を吐いて肺を落ち着かせ、ぼくは霧崎さんをベッドに寝かせた田中虎太郎改めヴァンス・オブ・ザ・ハウスデッドに視線を向けた――というわけだった。
「結果的にぼくらはあなたに助けられましたからね。それが不本意でも、お礼の一つくらいは言っておかないと」
備え付けの中型冷蔵庫の前でしゃがみこんだ男は、スペースのほとんど占領していたコーヒー缶(無糖、人はそれをブラックと呼ぶ)の一つを無作為に取り出して、ばたん、と蓋を閉めると、右手にある椅子へと腰を落として、馴れた手付きで仮面を外す。
田中虎太郎の顔。
しかし田中虎太郎では――ない。
死んだ魚のような目。
表情がまったくない。
「それで、今後ぼくはあなたを何と呼べばいいんでしょうね? やっぱり田中虎太郎さんですか? それともヴァンス・オブ・ザ・ハウスデッド?」
「好きに呼べばいい。あの殺し屋も言っていたはずだ、名前なんてオレたちにとっては記号や数字のようなものだとな――」
缶コーヒーのプルトップを開けながら、向かい合い恰好になったヴァンがこともなげに口にした。
飲み口に唇をつけ、ぐっとあおる。
「――それにオレは持つべき名を捨てた男だ。二度と人前で名乗るつもりはない。偽名がオレの名前にならないところで、どうやってもオレの名前は偽名にしかならない。だから好きに呼べばいい」
自分のことだと言うのに感心すらないようだった。
本当は何と言う名前なんだろう。
ぼくは彼を知らない。
「ならぼくは、あなたを虎太郎さんと呼びますよ」
「…………」
「便宜上の都合もありますけど――ぼくが目で見て知っているのは、この呼び名のあなただけですから」
たぶん。
図らずして、ぼくはその呼名に理屈の通じない相手と対等に向き合おうとする儀式めいた意味合いを付与させていたのだと思う。
ヴァンはぼくを見つめて鼻を鳴らす。
「ふん、結局オレとお前の間に繋がりなんてなかった。つまりあの情報屋は、オレたちを手駒にして一人で楽しく棋譜に興じていたってわけだ――まったく、いたたまれない気分だよ」
「……ぼくと霧崎さんをこんな人外魔境に踏み込ませたのは、そのエピソードとかいう情報屋ですか」
「そうだ」
「ロシアからこっちに来る前は、あのグレゴリオって人とつるんで三人で戦っていたんですか」
「そうだ」
「ただ単なる呼名じゃなくて――あなた、本当に『心臓』がないんじゃないんですか」
「…………」
沈黙が落ちた。
けれどすぐに、ヴァンは短く問う。
「よく気付いたな。いつ気付いたんだ? オレに『心臓』がないと」
「橋の出口であなたと別れた頃にはもう気付いてましたよ。最初は肺かなって思いましたけれど、『心臓』は律動的な収縮により血液の循環を行うポンプの役目を担っている。だから『心臓』はあらゆる生物にとっての――パーツで言うなら核なんだ。その核がないってんなら循環機能も纏めて停止しますしね。もっとも虎太郎さんの身体にんな理屈が通用しないことくらいは百も承知で言ってますよ。だってあなた、普通にコーヒー飲んでますし」
「……なら」
ただの空気の振動であるはずの声が、まるで不可視の拘束力を持ってでもいるかのような調子で吐き捨て、ヴァンの紅い瞳が細く鋭利に尖った。
獲物を捉えた肉食獣のように。
ぼくが得物のように。
「お前には、オレが何に見える?」
――そうだ。今この瞬間にもあれは、ぼくを殺せる。
紅い殺意を向けられて、ぼくはふとその事実を思い出した。だが言葉は止まらず、やおら追求の手を緩めもしない。
「化物に――化物に見えます」
「お前は人間じゃない。あの殺し屋たちとは、自分たちとは根本的から違う生き物に見えますって?」
「そうです。そして誰かもわからない人の皮を被っている。千差万別の殺し方が通用しない観測者、ハートレス・ソルジャー唯一の弱点は――本来ならあなたの肉体の中に収まっているはずの、『心臓』だ」
「なら、オレの心臓は一体どこにあるんだ?」
「それ――です」
ぼくは拳に力をこめ、気圧されまいと踏み留まる。
「ぼくが引っ掛かったのは、それです。ISさんが言ってました。自分は監視者で、雇い主は大沢財閥――それが、今現在『心臓』を保有し、同時にあなたを飼い殺しにしている組織だ。弱点を外に持ち出した経緯はわかりませんが、たぶん何らかの器具で心臓を一突きすれば素敵で無敵な観測者様も普通に死ぬ。だから――だからあなたは、今回の事件にも進んで身を投じているのでしょう」
剣呑な視線が絡まる。
ヴァンの眼は、その奥にあるはずの意識を何も感じさせなかった。人とは違う思考回路。人とは違う意志。たかだか人間のぼくにそれは知ることもできないものだ。
心がないこと。
それは――感情がないこと。
悲しみも。
憎しみも怒りも。
喜びでさえ。
なにもわからない。
――こと。
「見事な推理だな」
「褒め言葉はいらないので教えてください。その皮袋、いつから被ってるんですか?」
「さあな、もう忘れた。もともと興味も関心も湧かなかったような男だ。こんな顔、どこにでもいる。どこにでもいるから、オレと入れ替わったところで周りの奴らは気にもしない。わかるか? それだけ他人に無頓着な生き物が人間なんだよ。だからオレも我が物顔で街中を闊歩できる。姿形を変えるなんて、オレにとっては模様変えのようなものだからな――ほんの遊び心だよ」
人の命を炉端の石みたいに言う。
当然、この男には心がないのだった。
ゆえに無関心なだけなのだろう。
それは言葉の通りに。
「……そうですか」
心臓があったなら、今の言い回しも少しは変わっていたのだろうか。
それとも人面獣心のままなのだろうか。
どちらにせよ、ぼくはヴァンを軽蔑する。
この男は人を殺した。最初に断言すると、ぼくは人を殺してはならないと考えている。むやみやたらに暴力を振るう人間も嫌いだが、中でも最高に最低なのは殺人者だ。それがどんな理由であれ、個人の独断で他人の命を奪うなんてことは、あってはならない。
さて。頭の方も冷めてきたところで、ぼくは考える。恐らく、あの不良少年らが殺害されたのも、エピソードが立案したシナリオの断片にすぎないのだろう。
――一番早くここに着いたのがおれだってのに、待っていやがったのはこいつらだったってわけ。
と言っていた。あの台詞から察するに、ぼくと霧崎さんが先刻の十字路を通過するという情報が敵勢にも流れていたのだ。それだけではない。ここまでの人数を情報操作で動かせると言うのなら、駒の配置を上手く変えて、敵勢との接触を回避した上でヴァンと出会わせることもできたはず。それは決して避けて通れぬ道ではなかったはずなのに――なのに、そうしなかったということは、ただ単純にエピソードは――
楽しんでいるのだろう。
ぼくらが走り回る姿を見て。
傍観者が傍観者であるように。
この物語において、あくまで読者の側でありたいと望む、最悪の思想で呼名を体現する軍団の一員は。
「でも、わからないんです。あの場で虎太郎さんが取るべき最善の選択は、それは実戦経験皆無の素人から言わせてもらってもISさんを回収することでしょう? どうしてぼくなんですか?」
あり得ない、とぼくは思う。少なくとも、ぼく自身は。
ヴァンはぼくの顔をちらりと一瞥して、それから霧崎さんを見て、またぼくに視線を移して、抑揚に欠いた声で言った。
「なら逆に訊くが――お前はどうしてそう思うんだ?」
「ど、どうしてって……当然の成り行きだからです。あなたたち二人は仲間なんでしょう? なのにそれが、たった数十分足らずの付き合いしかないぼくだなんて、どうかしてますよ。それって見捨て見殺すようなものじゃないですか」
「……だから、それはお前が勝手に勘違いしているだけだ」
「ええと……えと、勘違い? 勘違いって、どういう意味ですか」
「お前は、目で見た判断材料でしか結論を導けていない。それに――あいつは殺されないよ」
「――え?」
「オレが撒いた餌なんだよ、あいつは」
ぼくは目を丸くして、ヴァンの言葉を反芻しながらその意味合いを黙考する。可能性と――そして語るに足る妥当性を。頭の螺子が何本かぶっ飛んでるアウトライナーがISを殺そうとしても、たぶんゴーストが制止をかける。それは、とりあえずはゴーストがまだ人並みの常識を持ち合わせていたおかげだが――仮に、あちらの『箱の回収』という目的が不可避のものとするなら、この展開では、さすがにあの男も手中に収めた少女の首をぶった斬るなどという迂闊な行動には出ないだろう。
だって、殺さずに生かしておいたほうが機能するじゃないか。
自分に有利な人質として――
「――携帯電話」
ぼくは言った。
けれど、別に言わなくてもよかった。もしさっきのヴァンの発言が『何となく』のものでなく、確信的な根拠を伴った発言なのだとすれば――『そういうこと』を示して言ったに違いない。
「いや、とにかく通信媒体なら何でもいいんです。ISさんは、そういうものを持っていますか?」
「――ああ」
ヴァンは微かに頷き、
「ああ、持っている。インカムは使ってないから携帯電話だろうな。連絡手段の一環として、この任務に就く前からあいつはオレの番号を手に入れているはずだ」
「すると――つまり、どうなるんです? あいつらとの決着を引き延ばしたってことですか?」
「――と言うより、オレは大沢財閥が固執するブツをこの目で見てみたかったんだよ」
そう言って、ヴァンがぼくの目の前に突き出して見せたものは――
この事件に対しての関連性があるも何も、ぼくが全く気にもかけていなかった、霧崎さんの赤い耳飾りだった。
――ええと。
上手く相槌が打てない。ぼくは全てを知っているわけでもないし――かと言って、適当なことを言える空気でもない。しかし――しかしどこか、何かが引っ掛かる。
「……それが……そのイヤリングが、箱ってやつなんですか? エデュメントとか言うあちらさんの組織と、虎太郎さんたちの雇い主が狙っている――」
「……?」
「だから箱ですよ。もしかして名称が違うとかですか? ぼくも知ったか半分なので、それが何かは知りませんけれど――」
「待った」
予想通りの反応だった。ヴァンは会話の内容に齟齬を感じたようにぼくの台詞を遮り、固く眉を顰める。一瞬の間。そして、
「いや、そうか……碑板とは別に箱とはな。するとエピソードが言っていたのはそういうことか――ブツを狙っている奴ら、なるほどな」
出会い頭からその印象が強かったが、この男は会話の途中からすぐに独り語りのような調子になる。内容も自己完結的になってしまうのだから、聞いている側としては実に対処に困るところだ。
しかし、かく言うぼくも好奇心には勝てなかったらしい。
「あ――あの」
どういう意味ですか、とぼくは訊いた。
ヴァンは霧崎さんを窺いながら、ぼくに尋ねかける。
「お前はパンドラの箱という逸話を知ってるか?」
「え……なんですか。藪から棒に」
この脈絡もわからない。ぼくを聞き手の対象としない、独り言のようだった。このズレがより一層互いの距離を広くしていることに果たしてヴァンは気付いているかどうか――まあいい。それに、知らない話ってわけでもないし。
「……確か、ギリシア神話でしたか?」
「そうだ。神なんて存在は人間が作った偶像にすぎないと思うだろうが、ギリシア神話ではその人間も神々の姿に似せて創造されたものだと言われている。一説によると神話に登場する十二柱の神々の一人、プロメテウスが創造主だと言われているが――熟慮する者と呼ばれているこの神は姿形の他にも、数、建築、気象、文字などの知恵を伝えたんだ。生まれたての赤ん坊のように、まるで無知な人類にな」
真夜中の青が、カーテンの開いた窓からじわりと這入ってくる。対照的な赤い耳飾りを手の中で弄びながら、ヴァンは聖書でも朗読するように語り続けた。
「だが――火を伝える際にプロメテウスは天界の火を盗み与えてしまった。それに激怒した最高神ゼウスは、知らなかったとはいえ天界の物品を好き勝手に使った人間に災いをもたらすために女性というものを造るよう残りの神々に命令したんだ。それが人類初の女性だと言われているパンドラだが……まあ、泥から造られたのが本当かどうかは置いておいて話の本筋はそいつが持っていた箱にある」
だいぶ話のペースに呑まれてしまっていたが、ギリシア神話が――そんな御伽噺がこの事件にどう密接してくると言うのだろう。
ぼくは首を傾げながら聞き手に回ることにした。
「残りの神々、と言ったようにヘパイストスが彼女を造り――そして、パンドラは神々から様々な贈り物を与えられた。ゼウスからは命と活力を、モデルになったアフロディーテからは接吻により美を、アポロンからは音楽と治療の才能を、と言った具合にな。しかしヘルメスとヘラだけは違った。まあ、パンドラを造ること自体が目的じゃなかったのだから当然だろうな。心臓には不実、その口には嘘、最後に『開けてはならぬ』の忠告を添えて一つの箱を託されたパンドラは――エピメテウスと結婚したんだ。『ゼウスからの贈り物は受け取るな』と言う警告を無視したプロメテウスの弟のな」
「十一の神様から同等の才能を与えられたパンドラは誰よりも美人だし超人だと言われてますから、それはもう結婚するしかないでしょうね」
「だろうな。そしてパンドラは最終的にヘルメスから受け取った箱を開けてしまうんだ。それは最後の神ヘラが与えた好奇心に彼女が負けたからだと言われているが……しかし、その中身はゼウスが望んだ災いだった。幸せの中から始まる絶望ってやつだな。疫病、悲嘆、欠乏、狂気、悪意、嫉妬、暴力、戦争、災害――箱の中からはありとあらゆる邪悪なものが飛び出し――」
「――パンドラは慌ててその箱を閉めるが、既に一つを除いて全て飛び去った後だった。箱の底に残った一欠片は諸説あるが――」
浅く静かな息を吐いて、ぼくは言った。
「――それが希望ですか」
「あるいは未来線を読む能力だと言われている」
どちらにせよ、その二つは人間を不幸にするものだ。それが希望でも――たった一つの希望を拠り所にして生きていかなければならなかったからだ。
いや。
あるいは――『生きていけた』なのかもしれない。
「でも、それが何だって言うんですか?」
――箱と言う単語は合致しているけど、本当にそれだけじゃないか。
別に、御伽噺を信じていないわけじゃない。逆を言えば、ぼくは御伽噺を信じている。人前じゃこんなことは口が裂けても言えないし、言ったところで馬鹿にされるのがオチだろうけれど――そういう存在は、確かにいるし確かにあるのだ。
そしてそれは、意図せずぼくの目の前にいる。感情を殺し、意識的に冷たい目をして。
「この話に限っては、オレの口から教えてやれるのはここまでだ」
そう言われて気が付いた。口調こそ違うが、奇しくも、それはぼくが同じ人物から二度聞かされた台詞だったことに。元から知っててやっているのか、ヴァンは挑戦的な眼差しをぼくに向ける。
「悪いとは思わない。悪いと言われる筋合いもない。勘違いするなよ、そもそもオレはここまでお前に教えてやる義理も何も持ち合わせていないんだ」
「なら……ぼくは素直に喜ぶべきでしょうね」
「そうは思えんがな」
「喜んでますよ? かなり喜んでます。ありがとうございます」
ただ、ぼくの場合はあまり感情が顔に出ないらしい。今では顔も朧だが、中学の頃はクラスメイトたちに口数揃えてよく言われたものだ。
しかしそれは、感情が顔に出ないのではなくたぶん、学校生活というものがそれだけ乾いていたのだろう。乾ききっていた――乾びるほどに。ひたすら退屈だったのだ。何に対しても興味が沸かず、とりとめのない日々を過してきた。霧崎赤音に吐露した二つとない趣味も、結局は満足のいかない結果に終ったのだ――だからこそこの事件に足を突っ込むことは、ぼくにとっては非常に危ない。
忘れかけていた麻薬の味を、ぼくの身体が思い出してしまう。
「……まあいい。オレは霧崎赤音を知っている。お前は霧崎赤音を知らない。決定的な差なんて、もうそんなものだ。言い換えればもうそれしかない。エピソードには大敗だがここまで洗いざらい調べ上げるとは、さすが大沢財閥と言ったところだな――オレの目的はこの『yek-d』の奪還のみ。組織からは霧崎赤音の生死は問われていない。エデュメント側からの連絡が入り次第、霧崎赤音をダシにあいつを回収しブツを渡してこの任務は完了だ――時間が許す限りは、自分で考えるなり本人から聞くなり好きにしろ」
そう言って、ヴァンは顎でぼくの背後を指す。視線をそっと戻すと、ベッドの上に上半身を起こし、こちらを見ている眼とぶつかった。
誰なのかは言うまでもあるまい。
「……虎太郎さん」
ぼくは話が終る前に訊いた。
「あの、一つだけ……質問っつーか頼みがあるんですけれど」
「くどいな」
「……すみません。何て言うか、ぼくのこの絶不調な右肩……虎太郎さんの特殊能力でどうにか治せませんかね?」
「…………」
沈黙。返事が聞こえないので、もう一度言う。
「虎太郎さんの特殊能力でどうにか治せませんかね?」
言い訳をすると軽さを装っているのは、そう思わないとやっていけないからである。静かに黙祷。ぼくは祈る。この動かない右腕の再起動を祈る。そして、ぶしつけな申し出に返ってきたのは、絶対零度の簡潔な答えだった。
「どうにもならん。……マンガやアニメの見すぎだ」
淡々とした態度で、ヴァンは匙を投げる。
どう見てもあんたがマンガやアニメのキャラクターじゃねえかよ。
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