⑦奪還.② ★7
  
 言葉に出せば簡単だが、本当に遮蔽物も何もない。とまれの道路標識も、立ち塞がる邪魔者もいない。アウトライナーも護衛屋もここまでは手が出せない――たちまち距離が開いていく。もはや空中は、田中虎太郎の絶対領域だった。
「あ、あの鞭だか鎖だかどっちつかずのやつ、ぶった斬れないんですか!?」
「無理だな――弾くので、手一杯だ。大方が銀物質で構成されているものは、どんな武器であれ今のオレには有効すぎる」
 若干、歯噛みしたような声が仮面の奥から聞こえてくる。一定間隔を保持して続いていた振動が跳ね上がり、勢いに乗った快走から、着地体勢に切り替わる。びゅうびゅうと耳元で吹きすさぶ突風に閉じていた目を開けると、落下地点にはゴーストに、そして霧崎赤音を支えるけぶった灰色の髪の、ちぐはぐな格好をした少女が――って、あんな女の子、さっきまでいたっけ? 
 ひとり混乱するぼくを放って、田中虎太郎は地表に着地を決める。
 と、同時に、ほとんど一歩で強烈な回し蹴りをゴーストの下腹へと見舞う。
「ぐぼぉっ!」
 もちろん、直立不動状態のゴーストに抵抗するすべなどあるはずもなく、がら空きになっていた鳩尾目掛けて、横回転からの足刀蹴りが的確に決まる。度外れた衝撃に身体が浮き、都合三回転ほど空中で身体を捩じると、一直線に作用したベクトルがごとく、後方から追ってきたアウトライナーへと激突する。見るも無残に、二人の殺人鬼は将棋倒しとなった。
 眩暈がする。
 ミキサーにでもかけられたみたいで視点が安定しない。
 無性に嘔吐したくなった。
 かと思うと、すんなり地面に投げ出される。
 しかし、どうぞという意味では、ないようだった。
 殺人鬼の動きは止めたが、護衛屋の動きまで止めてはいない――背後から田中虎太郎に向けて、両手で構えた『業物』を豪快に振り回す。
 振り向く暇もなく、肉が裂け――振り向いた頃には、骨が断たれる。グロテスクな肉と骨と血管の断面が、ぶしゅうううと粘着質を伴った赤い液体を途端に撒き散らし、右腕の上腕二頭筋から下が、持ち主を失ったように暴れながら宙を舞う。その冗談みたいな光景に、ぼくは目を疑わずにはいられない。
 護衛屋が手にした業物――それは電柱だった。しかもそれは、ぼくと霧崎さんを狙ってアウトライナーが薙ぎ倒した、あの電柱である。殺人鬼二人の真横を駆け抜けた護衛屋は、地面に転がっていた長さ七メートル程度に切断された電力供給物を、まるで質量保存の法則など無視しているかのごとく、右腕一本で軽々と拾い上げ、柔軟に、何不自由なく操ったのだ。
 護衛屋の手に渡った電柱は、四サイクルのディーゼルエンジンでも組み込まれたみたいに、その罅割れた個所から白煙を噴き上げている。ぼくが皮膚との擦過だとばかり思っていたそれは、道路標識側の熱気を孕んだ噴煙の余韻だったらしい。
 何であれ恐ろしく勝手がいい能力だというのはわかった。つまりあの護衛屋は、手繰り寄せたものを総じて自分の『付属品』に変えてしまうのだろう。それはビール瓶で相手の頭をぶっ叩くような単純なものではなく、物質としての概念を、本物の『武器』に転化させる。電柱に内燃機関が外付けされたとするなら、護衛屋はバッテリーそのものだ。手を介して、手にしたその場所からプラスのエネルギーを供給し、内側で圧縮と循環を繰り返して、二度目のマイナスのエネルギーが高温高圧の蒸気を膨張させて、攻撃態勢に移行するその瞬間に、二つのエネルギーを一気に外部へと押し出す。
 これが、手繰り寄せる暴力の仕組みだ。
 体力の削り合いなんて面倒な真似はしない、他に類を置かない一撃必殺。田中虎太郎の持ち味がスピードなら、この護衛屋にはそれに匹敵するだけの圧倒的なパワーがある。たかが一撃――されど一撃、鍔迫り合いに持ち込む余裕もない。右腕の上腕二頭筋は護衛屋の打撃に耐え切れず破裂し、皮膚の下で爆散したのだ。
「ぼさっとしてないで――早く、起き上がってください」
 狼狽するぼくに向って、ごく自然な口調でそう言う、灰色髪の少女。
 探偵が被るようなキャスケットに、無地のTシャツの上から羽織ったジャケット、装飾の鎖がじゃらじゃら鳴っているプリーツスカート。一見すれば外国人のようにも思えるが、実に悠長な日本語で話している。
「……無茶苦茶言わないでくださいよ。立てるわけないでしょう? ここまで徹底的にやられてまだ身体を動かせるなんて、どうかしている。そうじゃなくても、あなたたちと一緒になんかしないでください。ぼくの身体力なんて、ほとんど非戦闘員と変わりないのだから」
 彼女も、とぼくは続ける。
「なのに、それが、どうして――こんな、化物同士の戦いになんか巻き込まれなきゃならないんですか」
「化物同士の戦いは事態の収拾がつかなくなった結果ですよ。丸い卵も切りようで四角――事を丸く収められなければ、荒療治になるのは当たり前でしょう?」
「そんなの勝手ですよ。そんなのは、自分の都合に物事を合わせたいだけのエゴイストが言う台詞だ」
「だから、そう言ってるんですよ」
 故意に嘆息する少女に釈然としないものを感じながら、ぼくは霧崎さんに視線を移す。どうやらこちらは収拾がついたようで、喘息も収まったようだった。
 しかし、最悪なことに、気絶している。
「……あなた、何者なんですか?」
「あれ、自称田中虎太郎から聞いてませんでした? 私の話」
「…………」
 ぼくはその言葉に呆然となる。
 そうだ、言っていた。
 同居人に、仕事の話まで――きっちりと。
 言っていた。
 外国なら子供でもやってる。
 人殺しも、物取りも――どちらもだ。
「じゃあ、あなたが虎太郎さんの?」
「ええ、この仕事での相棒(バディ)です。でも、出会い頭からいつもいつまでも私のことを謙遜してるんですよ。あんなのとこれからも付き合っていくのかって思うと、ほんと骨が折れちゃいそう」
 冷めた態度から一転。ちょっぴり舌を出して、困ったように可愛らしく笑う少女。
 花開くような笑みだった。
「それに名乗るほどのものでもありませんが――ここぞとばかり、積極的に名乗らせてもらいましょう。大沢財閥所属、情報収集並びに後方支援、及び両間連絡を担当する監視人、インストールです。長いので気軽にISと呼んでください」
「…………」
 なんか、もう色々と絶句するしかなかった。
 二年前も含めて、変な人が身の回りに集まるのは、ぼくだけの特典なのだろうか。
「……いかにもコードネームって感じですね。それよりISさん、虎太郎さんの腕が――」
 言いかけて、ぼくはピタリと止まった。
 止まってしまった。
 右腕の、切断面。
 そこから肉が盛り上がった。
 それは、ねっとりとした軟体生物(アメーバ)みたいな動きで、ぐにゅぐにゅと、ぐちゅぐちゅと、骨格の形状へと変成を開始する――骨組みが出来上がった部分から筋組織と循環器が、繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し――中学の理科の教科書に載っていたDNAの立体構造のように張り巡らされ、さらにその上を拡張した皮膚組織がふさいでいく――
 十も数えぬうちに。
 右腕が修復された。
 特に何をしたようにも見えなかったが。
 衣服が修復された。
 ゲームなんかとは比べようにも比べたくなくなるほどリアルな回復だった。
 トカゲの尻尾切りみたいに、破裂した部分から腕が生えてくるなんて――ぼくは悪い夢でも見ているのだろうか。
 だが、夢じゃない。
 夢であるはずも――ないのだ。
 手袋やコートの腕の部分までたちまち元通りになったということは、自己修復というよりもむしろ自己復元か自己再生の類ではないのだろうか。そうなると、あの衣類も田中虎太郎の能力で作り出されたものだったりするのかもしれない。
 右手を、ぐーぱーにして、再生後の触覚を確かめる田中虎太郎。
 正面から護衛屋に向って対峙する。
「骸骨の仮面に、罅割れた額のハートマーク――けらけら、こりゃあぶったまげた。おおい、ゴースト。まさかまさかで今回の邪魔者は世界有数の観測者様だぜ」
「しかも百戦錬磨のハート・ソルジャーときたか。肉眼で本物を見るのは初めてだが……なるほど、これはまた厄介な相手が敵側に回ったものだね」
 蹲った姿勢からあっという間に起き上がってきたアウトライナーとゴーストは、手馴れた手付きで自分の獲物を構え直して、護衛屋の両隣に立ち並ぶ。
 殺人鬼と護衛屋が――この場に存在する敵勢が揃い踏みだった。
「ん……ああ、違うよアウトライナー。確か今は、ハートレス・ソルジャーに改名したんじゃなかったかな? ほら、例の軍団(レギオン)解体事件がきっかけで」
 大鎌の柄を肩の上に置いて、ゴーストはアウトライナーに言う。
「軍団たあ、またお懐かしい名前だな。誰と縁があったってわけでもねえけどよ――上の姉貴が壇ノ浦攻略戦で『ビースト』とドンパチかまして再起不能になるまで叩き潰されたのはいい思い出だ――」
 愉快そうに、アウトライナーは身体を前後に揺らす。
 視線は仮面の男に向けられたままだ。
「まあ、三回ぶっ殺しはしたらしいんだけどな――それでも三回きっちり生き返りやがったんだとよ。因果律の縛りがない観測者は月並みの殺し方じゃ死なねーってくだらねえ迷信、おれも半信半疑だったが――この目で見ちまったからには、おれらの対極っつーのにも納得がいくわな。殺人鬼が異端なら観測者は異形だ。対の世界の勢力的均衡を担う調整者。この世のために存命を許され、落命は許されない。世界の付属品にして消耗品――けらけら、まったくふざけた怪物もいたもんだよな」
 怪物としか言いようがない殺人鬼が――そう説明する。
 因果律。いかなる事象も時間の観点から過去に起きた出来事を原因として二次的に生起する――完全無欠に決定された『原因』と『結果』の相互関係。
 運命とはまた異なるが。
 観測者が存在からして世界レベルのパラドックスだというのなら、右腕が破裂してもその後に現れる結果が決まっている――わけがない。
 いやしかし、それで殺せない話にはならないだろう。
 万物には終わりがある。
 不老不死など――それこそ迷信だ。
「そして数年前のある日、世界各地に根を張る武力組織と戦闘集団の前に突如として現われ、徹底的な攻撃を行った跳梁跋扈の組織こそが軍団だ。意図も目的もいざ知れず、一方的な蹂躙をひたすら繰り返した軍団――その真の狙いは勢力保有と武力交戦の減少ではないのかと面白おかしく囁かれたくらいだが、実質軍団も戦闘集団だと知れ渡ったのは解体の後だからね」
 なにせ各組織と戦争を繰り広げたのは限って『一匹』だったんだ、とゴーストは言う。
「カモフラージュも兼ねていたんだろうが、誰が気付く? たった一匹で一個師団と互角に渡り合う観測者がまさか統率されていたなんて、そんなイカれた化物共を統率しようとする何者かがいただなんて誰が考える? 普通は考えないさ。そんなのは無謀以前に呉越同舟の最終形態だ。組織が成り立つ前に内側から壊滅する。……だが、実際は成り立っていた。組織として成立していた。だから軍団は、他の組織には例を見ない個人行動(スタンドプレー)があって初めて成立する究極の組織だったんだ」
 奇妙なくらい明るい声で、からからとゴーストは喉を鳴らす。対して、面と向っている観測者はまったく応じる素振りを見せない。
「知らない話じゃないだろう? 君は二次的な観測者で、かの軍団の一員だったのだから。組織内での呼称は赤心の傭兵(ハート・ソルジャー)。確かその前は、ヴァンス・オブ・ザ・ハウスデッドだったかな。なんでも百年近く前にルーマニアの棺桶館でヴァン・ヘルシングとその一行を皆殺しにしたことからついた異名なんだってね――くすくす、まんまだけど格好いいじゃないか」
「…………」
「いや、さすが四代目串刺し公と賞賛してあげるべきなのかな。ふふ、その『皮袋』は一体誰なのかな? 今度は誰になりすましているのかな? 君の身体の内側は、アウトライナーが霞んで見えるくらい以上に異常だからね――もちろん肉体的にも少女以外には興味すら湧かない僕だが、できるなら『本当の姿』を拝んでみたいものだよ」
「…………」
「それにしても、だ。そのほとんどが観測者だという軍団は一体何名で成り立っていたのかな? アウトライナーが言っていた『ビースト』は初耳だったから驚いたよ。僕はその手で有名な『ウィザード』と軍団唯一の人間で情報屋の『エピソード』しか知らなかったからね。それと――」
 視線を右手の護衛屋に切り替え、ゴーストは担いでいた大鎌の反りを突きつける。
「――そこの『グレゴリオ』は君にも馴染みのある観測者だろう? 三ヶ月前に君らとエピソードはロシアで共同戦線を張っていたのだから」
 やっぱり旧識の間柄か。
 と、ぼくは思った。
 田中虎太郎、ヴァンス・オブ・ザ・ハウスデッド、ハート・ソルジャー……今はハートレス・ソルジャーと言ったか。それに敵勢の護衛屋――いや、もはや護衛屋などとへりくだった呼び方はするまい。グレゴリオの間には繋がりがあったわけだ。
 橋の上で二人が『目を合わせた』ときからそういう雰囲気はなんとなく感じ取れていたのだし、これで頭の中の相関図も七割近く完成した。
 だが、まだ足りない。
 まだ――頭の中のパズルのピースが埋まらない。
「くすくす、まったく君らは久しぶりの再会だというのに交わす言葉もないんだな。相手の存在なんて目にも入っていない、歯牙にもかけていないといった感じかな? まあ、観測者は互いを嫌悪していると言うしね。しかし、かつての軍団のメンバーがこうして対立することになるとは――奇妙な縁もあったものだ。いや、だからこそかなハートレス・ソルジャー。君は立場を、自分が劣勢だということを理解したほうがいい。この状況、まさしく多勢に無勢だ。観測者と殺人鬼、一般人で仲良くペアが作れてしまうじゃないか」
 反射で何か言おうとしたが、ぼくは何も言わなかった。わずかに自分の眉根が寄るのを感じる。悔しいがゴーストの言うとおりだ――まさしく多勢に無勢。崖っぷちとは言わないにせよ、三対一という戦力差に変わりはない。この虎口を、ヴァンはどう脱しようというのか。
 しかし果たして。
 ぼくが彼らの会話に横槍を入れそうになったのは、そんなくだらない事実に反論するためだったのだろうか。
 だとしたら、もっともくだらないのはこのぼくだ。
「多いな」
「は?」
「――貴様らの遺言は、人一倍無駄に多いと言っている」
 平坦な声だった。
 本来機能すべき感情がすっかり抜け落ちてしまっているような。
 とても平坦な声だった。
「揃いも揃ってそろそろオレに殺されてみるか」
 そして――左上腕から、ずず、と、『柄の形』を模した黒影が突き出た。
 身体の内側から武器を取り出した――のではない。身体の外側に張り付けていた黒影が、記憶をベースに武器の形状を投影したのだ。柄を握り締めたヴァンは横振りに、居合い抜きの抜刀のごとく、刀身から刃先の部分までを、一度に引き抜く。
 しかしそれは抜き身の刀などではなかった。
 黒く染まった突撃槍。
 装飾もなく穂身は一メートルほどの、両刃造りの槍だ。
 長柄の得物は身の丈をさらに上回る。
 両刃剣に長柄を組み合わせたような武器だった。
 ところで。
 ゴーストは、あの男を何て賞賛したのだっけ……?
「――――」
 一速触発の場の空気を、先んじて破ったのは、言わずもがなのヴァンだった。
 だけれど、攻撃に移る前の予備動作ではない。
 たった今構えたばかりの黒槍が、霧散した。
 ものの一瞬で――呆気なく木っ端微塵。
「え、ええっ!?」
 何が起きたのかを理解する以前に、あまりにも見事な肩透かしを喰らったぼくは、不意を衝かれたように、とにかく最高級に間の抜けた表情を浮かべていたのだと思う。
 そして気付く。
 当然のことを、当然のように思い出す。
 ぼくは直上を仰いだ。雨の名残か、上空はほとんど層雲で埋め尽くされており、視界の中に澹月や星々の姿は――ない。
 街灯も。
 断線したせいで機能していない――ついさっきアウトライナーが薙ぎ倒した電柱が、今現在はグレゴリオの双手(もろて)の中。
 ――そのせいか。
 発光体がどこにも存在していない。
 ゆえに、場に居合わす全員の影が消えている。
 ヴァンの影も。
 消えている。
 光なき場所に――影は有り得ない。
 つまりこの瞬間から、ハートレス・ソルジャーはまったくの無力!
「――――ち」
 だから――刹那の判断で、ヴァンは動いた。
 軸足の動きだけで身体を回転させ、相手に背中を見せたと同時、ぐっと後ろ足を踏み込んだクイックモーションでスタートダッシュをかける。面と向って相手を挑発したにもかかわらず――いや、そんな理由付けが不要と思えるくらいに、その動作は速く、躊躇がなかった。ただの機械のごとく、どこか別の肉食生物を思わせる機敏な動きで、ハートレス・ソルジャーは逃げの一手に転じる。
 だからだろう、意気揚々としていた敵勢は、そんなヴァンを見て揃って呆けてしまったようだった。
 相手に対する反応が――ほんのわずかに遅れる。
「な……く、ふざけんな――正面切って戦いやがれ、ハートレス・ソルジャーっ!」
 怒りと侮蔑に満ちたアウトライナーの叫びには一瞥もくれず、こちらへと一直線に疾走する。黒コートの端が影のようにはためく。ゴーストは――踏み切ってはいるが今から追い掛けても間に合わない。アウトライナーも同様。すると、残ったのは――
 言うまでもなく、グレゴリオその人である。
 両隣の二人と同時に前に出なかったグレゴリオは、しかし、右手に持ち直した電柱を一旋させ、対戦車兵器か何かを構えるがごとく、再び両手を用いて右肩に担いだ。傍目には刺突に適した構えにしか見えないそれがどのような意味を持つのか――
 もはや考えるまでもあるまい。
 ヴァンを迎撃し、アウトライナーを後退させた『止まれの道路標識』は、二人のそのまた向こうから――飛来してきたのだ!
 助走は二歩――目標に対して半身に、軽い後傾姿勢になるよう倒した上半身を、まるで鉈でも振り下ろすかのように持ち上げ、後ろ手から順次前へと、吸血鬼を仕留める巨大な杭のごとく、無造作に撃ち出される電柱。
 だが。だがそれもまた遅い。
 電柱が発射される頃には、ぼくらの地点に、ヴァンが辿り着いている。ちょうど十字路のど真ん中に敵勢が立っていたのだ。やにわ距離的な問題もあったが――
 結局のところ。
 グレゴリオにパワーあるように、ハートレス・ソルジャーにも同等のスピードがあるのだった。
 擦過の瞬間に場の人間をかっさらうと、ヴァンは上に跳びはね、後方から全力投擲された電力供給物へと、続けざまに着地する。
 抜群の安定感だった。
 ボードに乗るみたいな不格好な姿勢だが――そう言えば、昔読破した漫画に柱を遠くに飛ばし、その上に乗って移動するなんてことを平気でやってのける敵キャラがいたなあとか回想しながら一瞥した敵勢の姿見は、やはり例に習って、あっという間にフェード・アウトしてしまった。
 しかしどうだろう。
 一人の痩躯が三人もの人間を一度に担げるものだろうか。
 いや。
 ヴァンス・オブ・ザ・ハウスデッドの『本当の姿』とやらがそのような生物の類(たぐい)だったなら、ひょっとすると担げていたのかもしれないが――そうはならなかった。
 ハートレス・ソルジャーは一人を切って捨てた。
 見捨てたのだ。
 すり抜けるような交差の瞬間、ヴァンは霧崎さんを抱き上げる。左肩に担ぎ、空いた右肩にISを担いでそのまま離脱するのかと思いきや、突然、ヴァンは両膝を曲げ、身体を思いきり低く屈めると、あろうことか彼女に向けて足払いを繰り出したのである。
「あ……っ!?」
 小さな悲鳴とともに、ISは地面へと仰向けに転がる。素早く立ち上がり体勢を立て直そうととするが――気が急いでいたせいかバランスを崩してしまい、立ち上がるのが一瞬遅れる。
「わ、私を同行させたのはこれが理由だったんですか――っつ!?」
 両拳を握り、目一杯逆上したISの眼前を、右肩にぼくを担いだヴァンが、屈んだ体勢から一瞬にして跳躍する。
 この場合、仲間であるはずのISをその場に取り残して。
 そんな半端な結果に終わってしまった。


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