⑥四面楚歌.② ★6
ゴースト/暗殺教団の一員



「この人も、お仲間ってわけですか?」
 アウトライナーに向き直り、ぼくは言った。
「まあな」
「……個性の塊みたいな人ですね。彼らも同業者ですか」
「いんや、違う」
 と、今度は首を小さく横に振る。
「まあ、雇われ眷属に違いはねえけどな。おれは『転死屋』を自称する八武鬼衆の一人、ゴーストは海外の暗殺教団の一員――んで、あいつはフリーの護衛屋だ。言っておくがよ、お兄ちゃん。ぶっ殺すまでの『手際の悪さ』じゃあ――けらけら、おれよかずっとゴーストの方が名が知れてんだぜえ?」
「アウトライナー、遠回りに僕を怖いお兄さんに仕立て上げようとするのはやめてほしいな。赤音ちゃんが驚いてしまう。まったく、君も可愛い少女だろう……そうだ! この仕事が終ったら君には僕が選んだ都市で一番可愛いセーラー服を買ってあげよう! 明日からそれを仕事着にしてくれ! きっと似合う!」
「うるせー! あんなヒラヒラした服、着てられっかよ!」
 ごく親しげに笑いかけるゴーストに、心の底から噛み付くアウトライナー。
 殺し屋たる愛称は未知数だが――この二人、どうやら表面上の愛称だけは最悪のように思える。
「……ねえ、現世くん」
 殺人鬼同士の小競り合いの合間を縫うように、霧崎さんがぼくの腕を引いた。是非を問うような口調のまま、北側の路地、ぼくらの正面の路地を指差す。
 そこにいたのは、ほんの一時間足らず前に椿桜橋の上ですれ違った、手足がスラリと長い、あのアスリートのような若い男だった。ボサボサの金髪にブルーのサングラス、紺色の背広――と、この三拍子が今じゃすっかりぼくの中で彼の代名詞となってしまっている。
「それじゃあ――あの真ん中にいるのが、フランケンシュタイナー?」
 カニバリズム少女に死神隠しの当事者までが現れて、霧崎さんにも、この都市伝説がただの流説ではないということに、大方察しがついてきたらしい。護衛屋と呼ばれていた男といえば、煙草を取り出し、面倒臭そうに口に咥えて、面倒臭そうに火を点けて、本当に面倒臭そうにふかしている。アウトライナーとゴーストの会話には、口を挟もうともしない。ぼくらの存在も、意識的に黙殺しているようである。この男だけ規格外、というよりは完全に傍観者の立場であった。
「ぼくも実際にあれが投げた姿を見たわけじゃないけど――たぶん、そうだと思う」
「…………」
「霧崎さん。本当に、何も知らないのか? 何か知っているんだったら、洗いざらい吐いておいたほうがいい。ぼくは彼らの仲間じゃないけど、学園異能活劇の主人公でもないんだ。はっきり言って、ぼくにきみを守り抜ける力はないよ」
「えっ、特殊能力とか、あるんじゃないの!?」
「あると思ってたのかよ!」 
 んな力があったら対不良戦でとっくに使ってるって!
 マジ気付けって!
「ねえよ、てかどこの世界のひとだよ……。言っておくけど、今日日まで、ぼくには誰かを殴るみたいな前例がない。それはいつも殴る前に殴られて、それで決着だったからだ。それに握力は四十もないんだぜ。ぼくが誇れるのはせいぜいこの頭ぐらいなものさ」
「それは自慢にならないと思うよ。とくに、この場面じゃ」
 本当に自慢にならなかった。
 鼻高々と言うようなことじゃなかった。
 霧崎さん、どういう表情を浮かべていいか分からない、といった感じだ。
「――あの」
「おや、ご指名は僕かい?」
 ぼくはゴーストに挙手した。この変人が、場の空気を読んだ相槌を打つ。今は一番マトモな相手かもしれない。アウトライナーに指名されていたら絶対フラグが立っていた。死亡フラグだ。
「とりあえず、まずは話だけでも聞いてくれませんかね」
「くすくす。いいよ、話してごらん」
「霧崎さんが所持している箱――とかいうものが目当てなんですよね? ここは互いの利益を尊重して、交換条件といきませんか?」
「箱は渡す。だから見逃せって? くすくす、君は利口だね。夜道で殺人鬼に出会ったら即決即断しかない。もし機嫌を損ねたりしたら、首を捻じ切られるかもだからね。まずは目論見に乗ったふりをして、相手の行動を誘発させ、広い視野で突破口を探り出す――教科書通りの、いい交渉だ」
「…………」
「確かに僕は少女が好きだ。地球規模で全ての少女を愛している。だから赤音ちゃんを逃がすと思ったら、しかし、それは大きな間違いだ。僕の趣味はね――誘拐した少女をゆっくりなぶるように殺して、最後に首から上を切断する。そして鑑賞するんだ。くすくす。首をね、じっくりと鑑賞するんだ。ああ、でも。なにも全員殺すわけじゃない。中には生かすものもいる。生きたまま培養液に入れて、その肌に何本もチューブを突き刺し、僕のコレクションに……くすくす、おかしいと思うだろう? だが、僕は正常だ。これで正常なんだ。ちっともおかしくない。殺人鬼というものは、誰もが心に病を患っている。僕の場合は、ただそれが少女に対する性的嗜好だっただけさ」
 アウトライナーもまた、同調するように笑う。
 考える必要はないと、けらけら笑う。
「詰まるところ――」
「――交渉決裂ってえわけだなあ? お兄ちゃん」
 あちらから仕掛けてきたのだ――そもそも話し合いの余地など、あるはずもない。箱とやらを引き合いに出して主導権を握り、なんとか説き伏せるつもりでいたのだが――失敗した。
 探り合いの時間は、もう終わり。
 ここからは、殺し合いの時間。
 殺さなければ、生き残れはせず――
 生き残るために、殺さなければならない。
「そんじゃあ、せいぜいワンキルにならねえようしぶとく、おれのヒットポントを削るくらいにしつこく、ぐっちゃぐちゃに殺されてくれよ――!」
 逃げ道は背後の路地のみ。こちらは徒手、あちらには凶器。それだけですでに、決定的とも言える開きだ。
 言うが早く駆け出したアウトライナーのジャケットが、まるで生き物のように蠢動する。ゴーストと護衛屋は動かない。あの連結鎖がくるのだと、ぼくは直感した。袖口が一度に暗器を吐き出し――二方向から砲撃と言っていい速度で飛来する――刃物三舞!
「ったく……結局こうなるのかよ……!」
 ぼくは小さく毒づき、先手を取られた気分で、霧崎さんの手を引き臨戦体勢をとる。
 こちらは二人で相手は複数名。
 ただの高校生に――実戦経験など、あるはずもない。
 使える駒も。
 戦力だけで言えば、ぼくらは圧倒的に不利な立場にいる。
「っ!? 現世くん、逃げ――」
「背なんか向けれるか、こんな相手に!」
 武器の一つも持ってない今のぼくらにとって『遠距離攻撃』という属性は、最も警戒すべき対象のひとつであるが、あの連結鎖。射程もさることながら、恐るべきはその殺傷能力だ。どんな武器なのかはっきり見たわけではないが、生半可な威力のものでないことはほぼ間違いない。自転車が一瞬にして廃品にされたことがいい証拠だ。生身の人間に、あれが致命傷の要因にならぬ道理などない――!
 不規則な軌跡を描き月光を反射する銀鎖。
 ぼくは、咄嗟にバックステップで後方へと下がる。
 ――かのように見せかけ、起き上がり際にさりげなく回収していた学生鞄をアンダースローで投げ付けるようにして相手へと飛ばす。即決即断、フランケンシュタイナーの単語で思い付いた投擲だった。あさっての方向へ投げるようなヘマはやらかさなかったが、ぼくは野球なんて嗜んだこともない、根っからのインドア派である。当然それは命中精度に欠けるもので、学生鞄はアウトライナーの右脇を抜けるような軌道で飛んでいったが、両手が使えない相手はそれに少なからず動揺したらしく、右側の連結鎖が身体をかばうような動きになる。初撃同様二本同時ならまずかわせなかっただろうが鎖の数が減れば――あの攻撃を記憶に収めたぼくの目ならまだ追える!
 鈍痛が残る身体を無理矢理動かし、ぼくは霧崎さんを抱き締める格好で、左側に向けて力の限り跳躍した。飛んだ先に電柱が立っていたので、このままの勢いだともろに頭から激突するところだったが、幸いぼくの身体が味わったのは、地面との衝突による衝撃だけだった。
 残った方の連結鎖は、突っ込むようにして飛躍したぼくらを追って、十字路の壁際まで誘導されていた。当然、銀鎖の動きはブロック塀を巻き込み、発破を掛けたように瓦礫を吹き飛ばしながらぼくらを左側から追従してきたが、唐突に軌道を変えられるほど生き物じみてはないらしい。前方の電柱を薙ぎ倒したあたりで、動きに誤差が生じていた。本気で際どいところだったらしく、後頭部に異様な風圧を感じる。ぎゅうん、と、頭上で何かが高速で通り抜けてゆく感覚。三度倒れて、三度地面との再会を果たす。どうやらぼくは、相当地面に好かれているみたいだ。
「ぐ、ぅ……っ」
 からだがとてもいたい……。
 不良たちにコテンパンにやられたダメージが、まだ残っている。
 でも、まだ大丈夫。ぼくはまだ――やれる。
 アウトライナーと反対方向に地面の上を転がりながら距離を作り、なんとか体勢を整えて相手に向き直る。霧崎さんが身体を支えてくれるが――というより、霧崎さんの方は大丈夫なのか? さっきからやたらぼくに振り回されているが、息を少し乱すくらいだ。ちゃんとついてこれている。だが、それが逆に薄気味悪い。なんなんだ、この矛盾は? 自転車通学をしなきゃいけないくらい貧弱な身体じゃ、なかったのか?
 ぼくは嫌な予感がした。
 とにかく、立ち止まるのだけはまずい。冗談ではなく三秒でミンチになってしまう。想像するに恐ろしい。そう思い、そのまま全力疾走し、廃棄物(元は自転車)の辺りまで一気に移動する。アウトライナーとは、もっと距離を作らなければ。距離があれば、それだけ連結鎖の動きを正確に把握することができる。それだけ、こちらに回避のアドバンテージができる。
 裏を返せば、相手にとって、ぼくらに一撃でも叩き込むことができれば、それだけでこの勝負は決まる。
「っち――んなら、こいつもかわしてみせろよ!」
 ここにきて本当に抵抗を見せられるとは思ってもいなかったのか、アウトライナーは明確な殺意を剥き出しにして、身体を捻り――連結鎖の軌道までも、捻った。ぼくから見てU字に通り抜けた左側の連結鎖が、今度は逆方向から右側と二重になって飛来する。威力は二倍でも――スピードは変わらない。運動エネルギーというやつのおかげだ(あの武器に物理理論が通じるのだろうか?)。銀鎖の動きに合わせて右側のブロック塀付近に退避していたぼくは、瓦礫が崩れていく様子と音に注意を払いながら、連結鎖の動きを見極める。二重になっているぶん、視覚以上に聴覚もよく働く。まずは動きをかわすことだけにひたすら専念して、どうにか突破口を――
「……がぁっ!?」
 ――けれど、その読みもまた浅かった。そんな杜撰な考えは、しかし、転死屋を自称する殺人鬼には労を成さなかった。かなりギリギリだが、何とか地面に立ったままで連結鎖をかわしたぼく。いや、実際にはかわした気になっていただけで、かわした銀鎖は一本だけだったらしい。残りの一本は、まるでくの字を描くように軌道を変え、デフォルトの四倍近くのスピードで、突きを繰り出した。刺突だった。すっかり警戒を緩め、いい気になっていたぼくは、右肩を、ぐっさりと貫かれる。そう。この連結鎖の先端部を、ぼくは最初から見ていなかった。あくまでそれは、鉄槌のような機能を持つ武器だとばかり思っていたのだが――そうではなかった。連結鎖の先端は、針なのか刀なのか、どちらとも取れない歪な形だったが、どちらにせよひたすら鋭利だった。
 ぼくの身体を解体侵食するように、いよいよ手の内を明かし、触手みたいな動きを見せた連結鎖――どうやらぼくは、この連結鎖の機能を本質的に捉え違えていたようだった。本家の中国武術における暗器械とは、『いかに身体に隠せるか』以前に『一撃必殺』に主眼を置いているのだ。連結鎖の用途が単純に叩き潰すだけなら、この連結鎖はそもそも暗器として成り立ってさえいない。
「…………は、」
 速すぎる。
 最初から本気じゃなかったのか。いや、そうか……そうだよな。生粋の殺人鬼が一般人を殺す程度で本気になるわけがない。プロのプレイヤーがアマチュア相手に全力投球で挑むわけがない。RPGで雑魚に即死呪文を掛けるわけがない……。
 本当に迂闊だよなあ……。
「現世くんっ!」
「さ、触るな!」
 駆け寄ってくる霧崎さんを、ほとんど反射で拒絶する。
「ぁ――う、ごめん。たぶん、骨が何本か、折れてる……」
 ぼくはアスファルトへと倒れ込むように膝をつく。右腕が動かない。出血はそれほど酷くないし利き腕でもなかったが、表皮と肉を深く抉った連結鎖は左肩の関節部を完全に破壊していた。
 畜生、人間の骨ってこんなに脆かったのか。
 いや、それ以上に驚愕すべきはあの連結鎖の動きだろう。一見不規則なベクトルに見えて――針を通すような正確さだ。


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匿名読者
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