⑥四面楚歌 ★7
アウトライナー/転死屋『八武鬼衆』『S21 (トゥール・スレン)』



(6)四面楚歌




「霧崎さん」
 これを好機に、会話の流れに乗って『呼吸をしない人間』方面の都市伝説は何かないか訊いてみようと思ったのだが、しかし、その思惑は徒労に終った。
 というのも、言いさしたところで、霧崎さんが立ち止まってしまったから。
 いつの間にか、ぼく達は大きく開けた十字路に出ていた。当然、交差点全体も不可思議な虚飾で埋め尽くされている。まあ、『当然』などという言い方をしていいのかは本当に曖昧ではあるが、見るも明らかに、完全なる無人である。
 しかし、確かに感じる人為的な力。
 この静寂は、何か得体の知れないモノを無尽蔵に連想させる。
 思考を切断するように、学生服の袖をつかまれた。
 小さな手からぼくに伝播する、身体の震え。
 取り乱したように、霧崎さんはひどく青ざめた顔になっている。
「あれ――見て」
 ごくり、とつばを呑んで、霧崎さんが喉を震わせた。
 悲鳴のような語調だった。
「誰か――血を、流してる」
 言って、北東の路地を指差す。
「ほら、あそこ――街灯の下」
 霧崎さんが指し示した方に視線をやると、目的の『もの』はすぐに見つかった。と、同時に、どうして彼女が『倒れてる』ではなく『血を流してる』と言ったのか、その理由にも、瞬時に理解が及んだ。
 明るい街灯の下、闇の中に浮かび上がった光景。
 一人の女の子が蹲っている。
 手前には、ペンキ缶の中身でもぶちまけたような、赤い液体。
 艶のある長い染髪、ベルトを巻いたペールオレンジショートパンツにストッキング、黒いシャツの上にブレザー調のジャケットを袖を通さずに羽織った。ぼくらに背中を預けている、同じ歳くらいの女の子の両手首には、街灯の明かりを屈折する手錠――手錠? 手錠だった。念入りに合計二つ、後ろに回した両腕を拘束している。そのせいで女の子は四つん這いならぬ二つん這い――膝立ちでうつ伏せにうずくまるしかないようだった。
「…………」
 これは、明らかに異常だ。
 理解が追いつく範疇にある問題でもない。
 派手に飛び散った血飛沫。ぼくらには死角となっている正面に怪我を負っているのか、なまじ不規則に女の子は上半身を揺すっている。
 不意に。
 霧崎さんが、駆け出そうとした。
 その咄嗟の判断は、概ね正解だったに違いない。あかい血をいっぱい、ゆうにペットボトルの半分はあろう血液を人間が噴き出したのだ。まず確実に出血死する。放って置けば勝手に死ぬし、救急車を呼んでも死ぬ。逃げ出せたなら保護が必要になるが、どの道死ぬ。どう転んでも死ぬ。
 だけど、死ぬのは。
「う――現世くん、なんで止めるの?」
 霧崎さんが脇を抜けるよりも先に手首を握り、力任せに引き寄せる。早く助けないと、とでも言いたげな感じで、彼女はぼくを見る。
 ――これは、違う。
 ぼくは反射的に、ほとんど感覚的に動いていた。血液は時間の経過により酸化し、黒く濁った赤に変色する。しかし、目の前の血だまりは鮮やかな血色で――
 最悪、自転車は放棄するべきだろう。
 音も立てずに踵を返しかけて――刹那、ぼくは霧崎さんを突き飛ばした。自転車を中間に向かい合う姿勢になっていたため、前触れもなく、事前通告もなしに、ぼくからの不意打ちを受けた霧崎さんは、軽くとは言え、あっという間に九時の方向へと姿勢を崩し、肩と背中をしこたま地面に打ち付ける。
 反作用で、ぼくも自分の身体が空中へと浮かぶのを感じた。視界がぐるりと反転し、逆さまの自転車が暗闇の中に見える。ただし、『それ』はとっくに原形を失っていた。自転車と呼ぶのもはなはだしい、ただのスクラップである。目にも留まらぬ速さで、ぼくがさっきまで立っていた位置を『何か細長いもの』が通過し、反対側から飛来した同形状の物体と噛み合い、咀嚼よろしく自転車を挟み砕いたようだった。たぶん、霧崎さんにも同様の光景が目に見えていたはずだが――硬直した関節が「べきり」と嫌な音を立てて曲がり、ひしゃげ、ずるり、と再び地面に崩れ落ちる、『それ』。到底、目で追える速度などではない。闇に閃いた暴力――ただし、ぼくが不良学生たちに受けた暴力とは、それはそれは比べ物にならないほどの破壊力を兼ね備えた、猛獣が獲物を叩き潰さんばかりの、物理的圧力の殺到である。
 身体を引き、地面との激突による衝撃は幾分か軽減することはできたが、仰向けの姿勢のままあまりにも荒々しく粗雑な有様になった自転車に驚愕する一方で、ぼくはその飛来物の正体を知る――それは連結鎖だった。どこぞのアンドロメダ正座が使っていたような、出鱈目に細長い、銀色の連鎖。
 紙一重、避けたものの、どうやらぼくの頭は上手く事態を収拾できていないようだった。痺れる身体をどうにか制御して、立ち上がる。と、同時に、ずるずるっと、連鎖が動き始めた。目標を取り逃した連鎖は、まるで次弾でも装填するように、両袖の中に引き込まれ、がじゃこん、と鈍い金属音を残して収納される。
 女の子のジャケット内側に、収納される。
 明らかに質量保存を無視しているのだが、この際、そんな理屈はもうどうでもよかった。いや、考えるだけ無駄なのだ。あれは――たぶん、そういう相手なのだろう。ファンタジカルな体験に酔いしれる暇もなく、ぼくは霧崎さんに駆け寄る。目を点にさせている彼女もまた、今目の前で起きた出来事を呑み込めていないようだった。
 そして――
 くるぅり、と、女の子がぼくらに向き直る。推測通り、着衣には傷一つない。大体の容姿は後ろ姿から感じ取れたが、顔立ちだけは違った。とにかく洒落にならないくらいに目つきが悪い。こういうのを攻撃的とか高圧的と言うのだろうが、いくら対人関係が薄っぺらいぼくといえども、ここまで悪辣な眼差しを所有した人間を見るのは、これまで例にないことだった。
 口端から流れ出た血液。
 ポタポタと、足元のアスファルトを斑に濡らしていく。
 しかしそれは、もともと彼女の血管に通っていたものではない。
 なぜなら、見えてしまったから。
 ある者は四肢が切り落とされていたり、ある者は腰から両断されていたり、ある者は頭部が丸ごと損失していたり、脳髄や内臓をぐちゃぐちゃにかき回されて、こぞって肉塊と成り果てた、人間の死体が。見るも無残に口や鼻孔を引き裂かれ、噴き出した大量の血で辺りを真っ赤に染めた、人間の死体が、その背後に、見えてしまったから。
 ショックで言葉も出ないぼくらを見て――
 にいぃ、と、心底おかしいように笑う。
「とりあえず、まずは例に習ってこう言ってやるべきなのかな。今の一撃、よくかわした、えらいえらい。フツーの人間なら三秒でミンチになっちゃってるとこだぜ」
 これまた斬新すぎる喋り方だった。ひょっとして外国人か何かなのだろうか……。
 いや、そんな余計な思考は切って捨てるべきだろう。
 人が殺されているんだ。
 しかもあの死体――見覚えがありすぎる。ぼくを散々いたぶってくれた、あの不良生徒たちだ。きっちり三人、無駄なく絶命している。素行の悪い学生がアブノーマルな格好をしたがるように、彼らも例に漏れず豪華絢爛で一際派手なアクセサリーやピアスを身につけていたので、そのぶん身元の判明も早かった。
 じり、と、少女がこちらへ一歩踏み出す。凶暴で獰猛な笑みを顔面に貼り付けたまま、舌で口周りの血を舐めとって。
「つつっても、実を言うとよ、さっきのはサービスだったんだ。気付いた頃には死んでいた、ってなるサービス。おれの半分は優しさでできてるってのが売りだからよ。しっかし驚いた。そっちのお兄ちゃんにはまた随分と驚かされたぜ。素人ならまずかわせねーんだけどなあ――お兄ちゃん、何者だい? 別に何者でもいーけどよ。とりま安心したぜ。なんつったって、サクッと殺せなかったぶん、おめーらにはもっと酷い死に方でぶっ殺されてもらうんだからな」
「…………」
 別に、ぼくは何者と言うわけでもない。さっきのは多少なりとも予想出来ていたからすれすれで避けられたのであって、命からがらの大立ち回りを経験する機会にすら恵まれなかった素人だ。実際、一番身体を動かしたのは――そうだな、中学の行間マラソンぐらいか。
 いわく、この人物こそが。
 カニバリズム少女と言う名の――都市伝説。
「んー、ん、んー。んじゃあ――まあ、お互い短い付き合いになるだろーが、名乗らせてもらうぜ。おれは『コロシヤ』が序列漆位にして『解体侵食』――名前はアウトライナーとでも、呼んでくれい」
 気持ちの悪い笑みによく似合う奇声だった。
 耳障りとしか表現のしようがない、ひときわ高く鋭い声帯である。
「……偽名ですか?」
「そうよ。所詮、名前なんてもんは数字や記号と同じだからな。消耗品の銃弾一発に名前をつける馬鹿がいるかい? んな奴いねーよ。要するに、持ってても意味がねーの。けれどまあ、おれらの業界じゃあ、ぶっ殺す相手には名前くらい教えてやるのが筋ってもんだからよ。雇い主から名前を貰うのさ。ジェームズ・ボンドがダブル・オー・セブンであるみてーに、な」
 けらけら、と、少女――アウトライナーは笑う。腹を抱えて笑ったつもりなのだろうが、両手が不自由なため、見事な海老反りになっていた。
 イナバウアーみたいな格好の笑い方。
「そんで、『コロシヤ』ってのが、転ずるに死骸、屋台の屋で『転死屋』よ。世間一般で名の通った殺し屋とは訳も手腕も違うぜ――なんつったって、惨殺専門、人畜愛護、殺し合い上等の殺人鬼さんだからなあ。空前絶後の殺人集団って感じ、するだろ? 手練手管、ここに極まりってな――何が言いたいのかって、人殺しなんて朝飯前なんだよ」
「その人達を殺したのもあなたですか?」
「おいおい、んなもんいちいち訊いてくれるなよ。ったく、ほんと調子狂うよなー。まあ、いいや。なんつっーか、一番早くここに着いたのがおれだってのに、待っていやがったのはこいつらだったってわけ。馬鹿馬鹿し過ぎて涙が出るぜ。誰が写メ通りのいい女なんだか――手始めに一番偉そうな奴からぶっ殺して、あとは消化試合みたいなもんよ」
「……。そりゃあ、また、とんだ災難でしたね」
「自分の愚痴を他人に話すのは趣味じゃねーんだけどな。それでも冥土の土産代わりになるってんなら、どうぞ聞いてくれってのが今の心境だ」
 結局、彼らも無様に踊らされていたと言うわけか。
 支配者気取りの情報屋に。
「そんな――」
「あん?」
「酷い。酷すぎる。どうして殺したの? どんな畜生でも、それでも人間よ? それを人間が、人間を人間が、こんな――こんな殺し方をして、生き血を啜って、その手足まで食べるなんて――」
 もう、何がなんだか分からない、と、霧崎さんは震えた声をあげて頭を抱えた。
 不味いな……。
 主導権を握られている以上、ここで相手を刺激するような発言は、あまり定法とは考えたくないのだが。
「けらけら、まさかまさかまさかだけどな、赤ずきんちゃん。おれの話、ちっとも聞いてなかったってことはねーよなあ? おれは殺人鬼だぜ? 殺人鬼ってのは、一文字変えちまえば殺人を喜ぶ者にも飢えてる者にもなるんだよ。血筋と血統による人間の形を模した欠陥品――言っちまえば、人を殺しても、おれらには罪悪感ってのがこれっぽっちもない」
「こ、これっぽっちもないって」
「糸瓜(へちま)の皮とも思わないって意味だよ。しかも『おれの家系』は、子孫七代まで過度の好血症と人肉嗜食に縛られちまっててなあ――そこらへん、変に儀式めいてんのよ。だから、おれも、おぎゃーと生まれてこのかた数年は人肉と血汁以外口にしたこと、ねえんだぜ? そうは言っても、昔は専属のカウンセラーがいてな――情緒不安定だの何だのと御託を並べて我慢我慢うるせーからそいつもぶっ殺して喰っちまった。必要とあれば相手が誰であれ、喰うとき喰うし、殺すときは殺す。そんな人間にどうして殺したのって、てんで質問になってねーんだよ」
 アウトライナーの双眸は、さながら獲物を狩る虎だった。
 虎視眈々。言葉として填りすぎだ。
 もちろん、不出来なライトノベルみたいに、そのときぼくの秘められた力が目覚めた! なんて展開が、都合よく起こるはずもない。
 丸い卵も切りようで四角。
 回り回って、行き着く先は、やっぱり交渉か。
 現状、それしか方法はないのかもしれないが。
「……ぼくも一つ訊いていいですか?」
 アウトライナーの目が、ぎょろりとこちらを向く。
「解せねえなあ。こちとら早くぶっ殺したくてうずうずしてるってのに、おんぶにだっこで付き合ってやると思うのかい? お兄ちゃん」
「相互理解の一環ですよ。手間はかけません。てんで質問にもなってますから」
 じいぃと、勘繰るように、どこか余裕のありそうな目線でぼくを見て、アウトライナーは、笑った。
「けらけら、その見上げた図太さ、気に入ったぜ。赤ずきんちゃんと違ってちっともビビってねーみてえだしなあ? んん? いいぜ、言ってみろよ」
 許可が下りたので、ぼくは言った。
「あなた、ぼくと霧崎さんのどっちに用事があるんですか?」
 こういう番外的な相手に目的がないとは思えない。
 いや、逆か。こういう番外的な相手だから、きっと何か目的を持って動いているはずなんだ。
「んなもん言わずとしれてら。赤ずきんちゃん――霧崎赤音だよ。お兄ちゃんの方は名前も知らねーし、プロ野球チップスのカード程度にしか思ってねえよ」
「おまけですか」
「食前酒だよ」
「…………」
「おれが赤ずきんちゃんをバラして喰っちまう前の――な」
 と、声の調子を低くして、そう締めくくるアウトライナーの凄みには、およそ一般人には出し得ない気迫があった。
「あたしが……あたしが、あんたの目的にどう関係してるって言うのよ?」
「はあ? ……ああ、なるほどね。箱の方は自覚なしだったってわけか――悲しいねえ。まあ、てめえの父親は随分と勝手な奴だったみたいだし――けらけら、当然と言っちゃあ、当然か」
「……お父さん?」
 驚いたように会話を区切り、狼狽える霧崎さん。
 そして。
「なによ、これも、お父さんのせいだって言うの――!?」
 そして、霧崎さんのその表情には、普段の彼女からは想像もつかないくらいの敵意があった。いや、ぼくは『普段の彼女』と比喩できるほど知ったものじゃないけれど、彼女の事情については、まったくの無知なのだ。それは、彼女がぼくの事情についても全くの無知のようにであるが、しかし、親の敵でも見るような――いや、まるで仇が親であるような、背筋が凍るほどの、怒涛の剣幕だった。
「いいねいいね! 存外いい声で鳴くじゃねえか赤ずきんちゃん! それだよ! それがおれのガソリンになんの! 悲鳴最高! やっぱ必要なんだよな、こういうのがさぁ……! この仕事続けててほんとよかったって実感しちゃうぜ」
 しかし変わらずにアウトライナーは笑う。霧崎さんの腹の中など、毫も関係がないといった感じだ。
「へい、お兄ちゃん。ちいーっとばかり気分が乗ってきたから、お兄ちゃんが必死こいておれから聞き出そうとしてること、教えてやんよ。おれらはな、エデュメントっつー雇い主から箱を奪ってくるように頼まれたんだ」
「……箱?」
 ちょっと待てよ、箱って――何だ?
 どうやら番外的な立場に身を置いているのはぼくの方らしかった。
 ぼくは助けを求めるように、当事者であろう霧崎さんを見る。これじゃあ説明というより言葉からして数足らずだったが、何のことやら、彼女にもさっぱりのようだった。
「ええと……なんなんですか? 箱って。もしそれを霧崎さんが持っているんだとしたら、それだけあなたに渡して万事解決ってわけにはいきませんかね?」
「いかねえよ。どう回り道しても赤ずきんちゃんはぶっ殺し確定だ。お兄ちゃんもな。目の前に箱、シュレディンガーみてーな中身のために使いっ走りにされてなあ――辛気臭せえったありゃしねえよ! なあ!?」
 にわかに、長い独り言をぷつり、と止め、アウトライナーは呼びかける。周囲をを窺いながら大音声で――返事をするものは誰一人としていなかったが、おれ――ではなく、おれら――と、あたかも仲間がいるような口振りで終始対談を進めていた。こんな奴が他にもまだいるのだとすると、やっぱり気が遠くなるような展開にしか思い至らなかったけれど、自然、ぼくの目もアウトライナーの視線を追っていた。
 ぼくの遅鈍な凝視は、しかし、すぐに一点で止まる。それは、釘付けになった、と表現してもいい――そう表現できるほどの、唐突さだった。
 北西の路地。
 ぼくと霧崎さんから見て左手に――全身真っ白の背広姿の男が立っていた。
 姿を表した気配すらなく。
 まるで、初めからそこにいたかのように。
 身の丈寸分は違わない――巨大な大鎌(デスサイズ)を携えて。
 死鎌――死神――死神隠し。
 そんな霧崎さんの言葉が、どこからともなく、聞こえてくる。ようやく落ち着いてきたはずのぼくの頭の中が散乱とする。焦燥や畏怖よりも、ただ、思考の本棚を蹴り倒された気分だった。
「やれやれ。全く、驚いたよ」
 大鎌を肩に抱え、やたら背の高い壮年の男は笑ってみせる。まるで子供のように、無邪気な笑みを浮かべてみせる。
「S21 (トゥール・スレン)の異名に『待たるるとも待つ身になるな』で定評のあるアウトライナーだ――僕が駆けつける頃には、可愛い女の子も含めて辺りの人間は皆殺し、それこそ影も形も残っていないと思わずにはいられなかったからね」
 どこから話しているのかすらもわからない、囁くような声で。
 苦笑しながらも、ゆるりとぼくらを見る。
「うそ――じゃあ、死神隠しって……」
「おや?」
 かなり機械的な角度で首を傾げて、「おやおや」と男は呟く。若干嬉しそうにではあるが、隠す気もないらしい。
「ああ、やっぱりそうだね。その顔には見覚えがある。そうか、つまり君が『霧崎赤音ちゃん』で間違いないわけだ。そうすると僕の方も名乗るくらいはしておくべきかな? 僕の方だけ一方的に名前を知っているというのは、世間一般から見なくても無礼千万というものだからね。――それじゃあ名乗るとしよう。僕はゴースト。幽霊のゴーストだ。変わった名前だとはよく言われるよ。だが気にする必要はない。赤音ちゃんは、気軽にお兄ちゃんと呼んでくれればいいからね。で、そっちの君は――」
 至極微妙な表情になるゴースト。あれだけ自慢気に長ったらしく自己紹介した男が、途端に言葉に詰っていた。
 ……てか、お兄ちゃんと呼んでくれって。
 どんなキャラ目指してるんだよ、あんた。
「――ああ、やっぱり少年か。少年なのか。少年だったか……どう見ても男物の制服だからね。いやあ、参った。少女への博愛主義を一途に貫くはずの僕が、よもや少年にときめいてしまうとは――あながち一時の気の迷いだろうけど、素敵を通り越して詩的な瞬間だったよ。私的で史的だね。くすくす。君、女装が似合うとか言われたことはないのかな?」
「……別に、ありませんけど」
「おや、ないのか。……きっと似合うと思うんだけどなぁ。残念だなぁ」
 ゴースト――殺人鬼。アウトライナー同様、日常から一歩踏み外したら落ちてしまいそうな非日常の中に身を投じる番外的な存在。そして一分弱の付き合いだが、人となりは理解出来た。
 ぶっちゃけ、変態である。


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