第一話


 ある街の、大通りから一本入った路地に、隠れた店があるらしい――。
 扉に小さく文字が彫ってあるだけのその店には、誰もが二度、訪れるという。

 店の名は、「AISKHYLOS(アイスキュロス)」。

「……おやおや、いらっしゃい。君は初めてのお客さんだね?
 ここに来たのは何かの縁だ。ひとつ、聞いてゆきなさい……」



 長い間、苦しかった。家族はいるし、貧しくもないし、特になにか不満だったものがあるわけでもなかったが、長い間、苦しかった。
 その苦しさが急に消えるはずもなく、当然、今も。

「どうしてこう……消えればいいのに」

 口癖は消えろ・死ね・滅べ。……そんないかにも現代人らしいボクは、世間的には不幸とはかけ離れた存在なんだろう。まぁそうだ、成績が悪いわけでもなく、運動は人並みに出来て、不自由しない程度にお金もある。
 ただ人間とは、思春期の一部にどうしようもない不安をかかえる時期がある。

「ようするにそれが、今、なわけだ」

 わかってはいるものの、ボク自身が不幸だという考えは消えない。簡単に消えたら悩みじゃない、ただの思い付きだ。
 まずひとつ言うと、幸・不幸のベクトルは人によって変わる。変わるというか、違うのが正しい。だから誰かがボクを幸せだと思うのは勝手、要するにボクがボクを不幸だと思うのはボクの勝手だ。
 ちなみにボクが不幸な理由のふたつめは、ボクは満足できていないというところにある。いない人からみたら幸せな両親も、昔からいるボクにはアタリマエのこと。他者の気持ちにたっていない人の苦しさを考えることもまぁ出来なくもないが、ボクには昔からいた存在を綺麗にいなかったように考えることは出来やしない。仕方ない、無理なものは無理だ。
 なにが言いたいかって、あってアタリマエの生活をしてきたんだ。十七年経った今、満足できるはずもない。

 さて、これだけ並べても理解できないバカのために一応言おう。一番苦しいのは、ボクを解ってくれる人がいないってことだ。
 現在十七歳、高校二年に値するボクの周りにはたくさんの級友と教師があふれてる。級友の中には相談を聞くのがうまいヤツとか、的確に物事を判断して回答をくれるヤツとか、そんなんが三百人近い人数には数多くいる。教師の中には生徒とのコミュニケーションを大事にしたいやつとか、いわゆる相談室の先生がいる。
 たいていの悩みならそいつらでどうにかなるんだろうな、ボクがそうしないのには意味がある。ボクは聞いて欲しいんじゃないし、判断を下して欲しいわけでもなく、コミュニケーションを取りたいわけでも相談相手が欲しいんでもない。

 ボクが望んでるのは理解だ

 まぁ学校の先生、というかオトナは最初からアテにしてはいないんだ、ボクの中でオトナは意見を押しつぶす存在以外にないから。

「はぁ……全部滅べばいいのにな」

 どうでもいいけど、最近のワカモノの口癖に多いウザイ・たるい・疲れた、それは決して間違ったものではないってのがボクの持論だ。正しい日本語を強要された時代ならともかく思想言動の自由が認められてる今犯罪も別に悪じゃないはずだ。そうだろう? そうじゃないなら監獄のシステムがあるのはおかしいし、こんな子は世に出せないと自ら殺したどこぞの父親も悪人になるわけだ。おかしいだろ? その父親は立派だったし、国が国であるためにはシステムを失くすわけにはいかない。
 それを都合よく解釈させるオトナが嫌いなワケで。
 世に甘えきった子供も嫌いなワケで。
 要するに、誰にも解ってもらえないワケで。

 さっき言った不幸のベクトルは違うって話だが、いわゆるボクのベクトルはここなんだ。
変わらない日常が不幸。解ってもらえないボクがあることが不幸。理解できる?

「あ゛ー……」

 だからと言って別にトモダチがいないわけでもなんでもない。普通にクラスにはちゃんとボクの存在はあるし、教師の目の敵にもされてない。だから学校は苦痛じゃない。それに思想を理解してもらえないってだけで、ボクがまじめじゃないわけでもない。
 彼女って存在を一度は考えて、数人付き合ってみたりもした。でもそれは全て失敗に終わった、なぜか? 簡単だ、ボクは求められたいんじゃない。“わたしはわかるよ”そう言って近づく女はみんなクズだった。彼女になったとたん粋がって、ボクの全てを求めた。本当に女が性格が悪いと感じたときだ、まったく……。そういう意味では付き合うなら男のほうがいい。そういうことを感じさせない。ずっとトモダチ感覚だ。……一応言っとくけどボクはホモじゃない。

 ちなみに、以上がついさっきまでのボク。今のボクはこういうことも考えていられない。なぜか? 答えは思考がぶっ飛ぶほどの事件が起きているから、が正しい。

 ……なんでボクの膝で女が寝てるんだ?

 冷静に振り返ろうか。ボクは寝ていたんだ、そしてここは放課後意外誰も使うことのない数学講義室。狭い上にすこし埃っぽいものの、休み時間と授業中の隠れ家には適任で、鍵は一回適当な嘘で借りたときにスペアを作ったからボクだけが自由に出入りできる、まさにボク専用の隠れ家……隠れ部屋なわけだ。
 じゃあなぜこの女はここにいる?
 動こうにも膝の上に頭がある所為で動けない。揺らせば起きるも知れないからヘタなこともできない。というか問題はそこじゃなくてこの女が誰でなんでここにいるのかなんだ。取り敢えずさっさと起こして、口止めでもしておかないとマズイ。この空間がなくなるのはイヤだ。

「なぁ、起きてくんない? 重いんだけど」

 ぐっすりと眠ってる体をゆする。うわ、やわらかい。女の体はコレだから扱いに困る……。そしてもぞもぞと動いたもの、起きない。ちくしょうこの女、まじで寝てるらしい。起きるまで揺するしかないか、声を出したら外に聞こえてしまう。

「今何時ッ!」
「はっ!?」

 揺すると決めた矢先に起きやがった。しかも今何時? バカかこいつは。

「…………」

 半開きの目で睨むようにボクを見て、開口して一言――。

「……誰?」

 女をここまで理解できないと思ったのは初めてだ。



「要するにあたしが枕に使ってたのは貴方の足、膝だったと」

 改めて、なんなんだ、コイツは。人の足を勝手に使っておいて起こせば第一声が「誰?」とか、というかお前が誰だ。

「あ、あたしは1年の佐倉です。知ってる?」
「知るかっつーの」
「貴方は?」
「……それよりお前はどうやっってここに入った?」
「あ、開けました」

 ホワイ、なぜ?

「どうやった?」
「学校の各教室の鍵なんて簡単に開きますよ? 仁科先輩はスペア作ったみたいですけど」

 おいまて、なんでコイツはナチュラルにボクの名前を言った? え、なにこいつ? ボク名前が学校中に知れ渡るようなニンキモノではないんだけど、もしかして学年とかもわかってるのこの子?

「仁科ハルキ、2年生ですよね」
「そうだね2年だね。で、キミはなんでボクを知ってるの? それでどうしてボクが今疑問に思ったことをピンポイントに答えられるの?」
「同時に二つの質問はだめです、頭こんがらがっちゃう」

 ……なるほど、頭の弱い子か。

「貴方を知ってるのはあたしが貴方に興味があったから、貴方の思ったことがわかるのは貴方に興味があるから」
「興味?」
「興味って言ったらアレかなぁ……なんでかわかんないけど、あたしは貴方の思ったことが解ったの」
「じゃあなんで最初に誰、って聞いたんだキミは」
「最初は誰だかわかんなかったですもん」
「……どういうこと」



 オーケー、ようやく把握した。どうやら彼女は最初は本気でわからなかったらしい。でも枕がボクの膝だったと認識したときにはボクの名前が”なぜか”わかっていて、それがなぜか解らなくて興味を抱いたらぼくの思うことが全てわかるようになったらしい。

「仁科先輩はあたしの考えること、わかったりしませんか? 互いにわかったらすごいと思うんですけど」
「残念なことにこれっぽっちもわからないね」
「うん、先輩がわからないのも解るみたいです」
「……」
「それを確かめるために聞いたの、って思ってますか?」
「ますか、じゃないし、解ってるんだろ?」
「はい」

 考えたことが全部筒抜けなのはいただけない。が、これはいいかもしれない。
 もしかしたら、この子なら。

「この子なら、なんですか?」
「キミなら解るかなって思ったんだよ。ボクは理解されたいんだ」
「理解?」

 あー……、でもきっとダメだ。この子は解るから、ボクの考えを知る。知るのと解るのは違うんだ。わかったとしても理解してくれない人が多かったのに、可能性を考えるのはむだかな。

「なんかよくわかんないですけど、先輩けっこうひどいこと考えてますよね。いくらバカだからって理解できますよ。……先輩のいう理解っていうのが賛同する・準じた考えをもつって意味なのも解りましたけど、多分あたし理解できます」
「その自信はどこからくるのかな」
「あたしがずっと前から先輩を好きだったから、って言えば解ってもらえますか?」

 オーケー、もう一回言おう。ホワイ?

「いくらなんでも知らない人の膝じゃ寝ないですよ、さっきは寝ぼけてたから誰って言っちゃいましたけど、名前は知らなくてもずっと見てましたもん」

 まさか高校入ってすぐに一目ぼれとか恐ろしいことを言い出したりしないよなこの子は。

「正解です先輩、一目ぼれです。ずっと憧れてた先輩が突如消えたりする謎の人で、追っかけたらこんなトコにはいるから、頑張って忍び込んだんです」
「敢えて聞こう。キミはなぜそうしてまでボクのところに来たんだ」
「わかんないですよう……ここに来たの、結構衝動的にだし。それよりあたし、先輩が理解して欲しいこと、知りたいです。あたしきっと理解できます!」

 ……いざそう言われると恥ずかしい。こういうふうに聞かれたことはないし、どうしようか。それにどうせ、理解できやしない。
 ……言わずとも思い浮かべればばれてしまうことを忘れていた。この数秒で忘れることが出来た自分の脳を全力で殴りたい。一応言うけどこの子の期待の目に負けたわけじゃないし、普段考えてることだからふっと浮かんでしまっただけだ。

「わかんないです」
「だろうね」
「違うんです、解ります。先輩の思うことはわかるし理解できるんです。わかんないのは、なんで先輩がそれを苦に捕らえてるかです」
「……は?」
「幸不幸のベクトルが違ったとしても、先輩のは不幸じゃなくて、なんていうか……認められたいだけなんです、きっと」
「認めてもらえないから不幸なんだよ」
「うう……そうじゃなくて……それはきっと、可愛い我儘です」

 なんて言った今。

「可愛い」
「ボクが可愛い? なにを言ってるんだキミは」
「だって認められたいのに、それを自分で認めたくなくて、なのにほかの人には認めて欲しいなんて子供みたいな可愛い我儘ですよう」

 おとなしく聞いてればさっきからこの子は……。

「あ、ねぇ先輩、あたしやっぱり解りましたよ」
「…………あぁ、そう……なのかな、これは」
「先輩、あたし先輩のこと解るから、だから、……」

 ……この間がなんだと問い詰めたい。こういうときはこの子が得た気持ち悪い特技が欲しくなるな、相手の考えが、って別にこの子のが読めてもよくないだろ、なに考えてるんだボクは。

「先輩の彼女にしてください」
「……は?」

 なんていうんだっけ、こういうの。一瞬にしてさまざまな記憶がよみがえるっていう……走馬灯? 違うな、ボクは死ぬわけじゃない。
 そういえば今日の夕飯はなんだったか。それより今日は丸一日サボったわけだが流石に単位がまずくなってきた気がしなくもないな……今度ちょろっと授業にでも出ようか。
 というか気が付かなかった、もう夕方か……。

「馬鹿なこと考えてないで返事ください、先輩」
「……ボクが悩む理由をキミに教えよう。キミはともかくボクはキミと会ったのは今日が初めてなんだ。付き合う? 段階が早い」
「段階? ……じゃあ飛び越えればいいですね」

 そう言ってふわ、って顔が近づいて、離れる。……よし、そこの状況が把握できていないやつの為に言おう。キスだ、これは。

「……ふつうソレは口にするんじゃないのかな」
「それは無許可じゃできないし、流石に恥ずかしいです」
「ふぅん。口にしないと付き合うにはならないよ」

 ……納得がいかないね。

「……先輩?」
「気まぐれだよ」
「そ、それは付き合ってくれるってことですか!?」
「なにを驚いてるのキミは。言い出したのはキミだろ?」
「そうですけど! そうですけど……! 今の、なんにもわかんなかったです!」
「ただの気まぐれだからね」

 ただ、気まぐれで、ボクのことが全部解る人なんて面白いと思っただけだ。



「……おや、もう行っててしまうんですか?
 お話はまだたくさんあるのに、もったいない……。
 え? 此処がなにを売るお店か?
 ……さぁ、何でしょうねぇ?
 では、またきてくださいね。歓迎しますよ」

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匿名読者
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