勇者は魔王さまから大変なものを盗んでいきました……それは、貴女の主演の座です
★5
イリアは苛々としていた。
というのも、奇妙なことになかなかマリア宅から出てこないのだ。
しかもマリアが監視カメラに気付き、カメラを追い払ってしまったので音声を聞くことさえも出来なくなってしまった。
「暇ですねぇ……」
遠方から監視するも、やはり出てこない。一時間ほど見張っていたが、ついにイリアの我慢が限界を越えた。
「あーもう!何よあのマリアとか言う女!私の計画台無しだよぉっ!」
そんな叫びがこだまする中、誰かが管理棟の中へと入ってくる音が聞こえた。
「そんなはしたない声を出していると、魔王さまとしての格が下がりますよ、お母様」
イリアがその声に反応し、後ろを振り向く。
薄い紫のロングヘアーに、鋭い目付きをした小さな女の子。
ズルズルとひきずっているブカブカの茶色いコートに身を包み、イリアに忠告をするこの少女。
この少女が『メグ・グレイパール』、イリアの実の娘である。
「メグ!?いつ帰って来たの?」
「さっき。上手く魔王さまやってる?」
「まぁねー。ちょっと計算狂ったけど、私の野望通りかなぁ?」
イリアがメグと会ったのは数ヶ月ぶりのことだった。
メグは以前、『私は勇者側につく!』と言ってそれきり家を出てしまい、しばらく連絡をとっていなかったのだ。所謂家出である。
「そういえば今回の勇者、噂で聞いたけどかなりのヘタレのようだけど本当?」
「とびきりのヘタレ。きっと先代が見たら驚く。それくらいヘタレ」
メグ曰く、既に噂が流れているらしく、その殆どが悪評、彼のヘタレさについてらしい。
哀れジャック。君のことは数秒ほど忘れない。
「でもお母様がちゃんと魔王さまをやっているから安心したわ……お母様のことだから何かしら失敗してるのかと心配してたんだけど」
君の予想は間違いなく当たっている。
もしイリアの失敗が分からないのなら、2ページ辺りを参考にするといいだろう。
「少し失敗したけど、それほど大したことでもないから。
監視カメラのマイクが何故か入ってて、声が漏れてただけだしね」
「だけ、ではありませんよ!大事です!
もしネタバレなんかしてしまったらどうするおつもりですか!?」
母が娘に叱られるというのはこの上なく情けない光景だが、イリアはメグの話を右から左へとスルーしている。
これならば娘が家出したくなる理由も少しはわかる気がする。
「マップを変えればいいのっ!魔王さまは勇者のためならエンヤコラ、何でもやっていいの!」
「良くいえばそうかもしれないけど、お母様はただ単に『職権濫用』をしているのでは?」
イリアは娘の言葉に驚いたのか、それとも感心したのか。
少し固まり、無言でうなずくも、思考の末にとんでもないことを口にした。
「『しょっけんらんよー』って、何?一枚の食券で何回も同じものを食べようとすること?
私はそんなことしてないよ?」
今度はメグが固まった。まさかそんな切り返しがあるとは思っていなかったのだ。
そして考える。ただひたすらに考え、秒針が半回転しかけたその時、ようやく答えを出した。
「お母様、食堂だと食券は回収されます」
………………………………。
沈黙が流れた。
マイクを通して流れる、のどかな村の一陣の風。
まだ昼間というのにカラスの鳴き声も聞こえ、寂寥感を引き立てている。
「えっ、そうなの!?」
そして沈黙を破るかのようなイリアの声。
部屋の壁で反響し、少し虚しさが込み上げてくる。
「え、えぇ。実はそうなんですよ。食券濫用を防ぐために…………です」
ついにメグはイリアに精神的な意味で負けてしまった。
というより、イリアに勝てる人間がいるのか些か疑問である。
「それよりお母様。私が前々から気になっていたのですが……」
「なになに〜?」
「何故、民家をずっとモニターに映しているのですか?勇者は何処に?」
ああ、それね、と言ってイリアは両手を合わせる。
「この家の中にジャックが居るんだけど、流石に家の中にはカメラを入れられないから、ここで固定しているわけ」
メグはああ、と声を出し、それなら仕方ないですねと納得したように頷いた。
「しかし、ずっとこの状態なのですか?随分と物漁りが長いようですが」
「それがね、女の人と一緒に入っていったわけ。怪しいでしょ!?」
イリアのその言葉を聞いた瞬間、メグは驚いたような表情を見せた。
「まさか。もうパーティーを組んだのですか?お母様、まだ仕組んではいないですよね?」
「それはそうだよ。こんな早く仲間を追加させる訳、ありませんよ」
変わることのない画面を一瞥するイリアとメグ。
不思議そうに画面を二人は見つめていた。
「それよりお母様。私は相談があるのですが」
その言葉を境に表情が一変、両者の顔が真剣なものとなる。
「勇者のことなら、許したでしょ?」
「いえ、そうではないのですが、それに関連して、ということです」
イリアも何だかんだ言ってメグという女の子の母である。いくら追い出したからと言っても、やはり娘の事は聞かざるを得ない。
「私のお父様は、どこに……いるのですか?
お母様は私が大きくなったら教える、そう仰った筈です」
真剣な、眼差しと口調。
メグのその表情に顔を歪ませるイリア。
イリアは自分の周りにある機械類を一通り確認してから再びメグに向かい、話し始める。
「まだ、メグは大きくなってない。確かにあの人の事も気になるとは思うけど、ね?
私に反抗するようじゃ、大きくなんかなってないしね」
「それはそうですが……!」
「とーにーかーく。私がダメと言ったらダメーっ!子供なんかが聞けるほどあの人は軽くないの!」
どちらが子供かが分からなくなるも、一応イリアが親であるということを再認識願いたい。
結局、イリアは大人という名の権力を存分に利用し、メグを無理矢理に抑え込んだ。
当然ながらメグは不満そうな顔をしている。というかメグよ、よくこんな親でこんな真面目になれたな。
「では私は少し出掛けてまいります。もしかしたらそのまま勇者と合流して、手助け程度のことはするかもしれません」
「それはご自由にどーぞ。私はノータッチということで」
これぐらいの放任主義でメグがまだ家にいる頃は生活していた。
メグは幼いころから自立をダメ親から強制され、食事、洗濯等の生活に最低限のことはすべてメグがやっていた。
そして物心つくころには全ての事が自主管理できるようになり、親と子供が逆転したかのような状態になっていた。
もしかしたらメグが家出したのもこのダメ親(現魔王)との縁を切りたかったからなのかもしれない。
「あ、メグ」
メグが管理棟を出ようとしたその時、イリアがそれを制止した。
メグはそれに反応し、イリアのほうを向く。
「まだそのコート、着ていててくれたんだね」
イリアはメグが着ているコートのことをいつ言おうか迷っていたが、このままでは言えず仕舞になってしまうので、今言っておくことにした。
メグが着ているコートはありきたりな、どこにでもあるようなコートだが、メグが城を出る際にプレゼントしたものである。
それから数か月が経つも、彼女はまだそれを着ていてくれた。
「は、はい。お母様の物ですから、こうやって着ているのです。普段は魔術を使って体を大きくして、それで着ているんです」
ふふ、と口元を押さえながらイリアは笑い、
「メグみたいな娘が私の娘でよかった。私もいい娘を持ったものだよ。
ありがとね、メグ」
不意打ちを受け、メグは硬直するも、すぐにその顔は解れ、笑顔に変わる。
「こちらこそ、産んでくれてありがとうございます、お母様」
俯き気味に、頬を少し赤らめながら、そう言ってメグは管理棟を後にした。
そして、メグが管理棟を出たのを確認してからイリアは深く溜息を吐く。
「あの娘が私にあんなことを言うなんて……。私のほうがメグのことを分かっていなかったのかもしれない……。
私の方が子供だったのかもしれない、これで魔王さまだなんて……」
――みっともない。
そんな言葉を口に出そうとしたが、止めた。
唇を噛み締め、ぐっと涙を我慢する。
甘すぎた自らの考えを、我が娘に諭されるとは思いもよらなかった。
「……ひぇ、ひっく…………」
しかし、泣いた。気づけば泣いていた。
魔王さまとしての矜持を、娘とはいえたった一人の小娘に諭されたのだ。
あまりにも屈辱。あまりにも滑稽。故に悲劇。
今までに自分が魔王さまらしいことをしたことがあったろうか?
本当にちゃんとメグのことを考えたことがあるのだろうか?
メグの父親――自分の夫についてメグに少しでも話そうとしたことはあったろうか?
全ての答えが“No.”。
あまりにも情けない自分の姿に、涙が止まらなくなる。
「わ……わたひはっ…………、まお……う、さまっ、で……いいの、かな…………?」
声を押し殺しながら、静かに泣く。
自分の存在意義を確かめ、ただひたすらに自らに問う――そんなことを数分、続けていた。
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匿名読者
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