勇者はリセットが使えるのに魔王さまはリセットが使えない罠 ★6
勇者というものは実に勝手で、我が儘なものだと思う。
一回力尽きても一定の代償を払えば生き返る、というのが実に忌々しい。
それを勇者はさも当たり前のように思っているだろうが、これも魔王さまの優しい心遣いあってこそのものなのだ。

「覚悟しなさい、ジャック。私の可愛い部下に平伏しなさい!」

そんなこんなでジャックは1日ほど村の中でウダウダしながら、ようやく村を出ることにしたのだ。
そして、村を出ると当然のように魔物が勇者を襲うわけだ。

ジャックは片手に棍棒を持ち、しかしそれでも心細いのか、もう片方の手には薬草が握られていた。
体はガタガタと震え、とても戦闘できそうにはない。
魔物の大きさは四〜五十センチはどの小柄な体であるのにこのビビリ様だ。先が思いやられる。

「ジャック、あれほどの敵にビビってどうするのぉ!お前は敵一体倒すのに私の一日を潰すつもりかっ!
 ヘタレ、ヘタレヘタレーっ!悔しかったら一撃でも与えてみろ!」

今回はマイクがオンになっているということはなかった為、ジャックには聞こえていないが、もしオンになっていたら確実に魔王さまという地位に揺らぎが生じていると思う。今でも少し揺らぎかけている。

痺れを切らした魔物は遂にジャックへと攻撃する。
それに対応し、ジャックは薬草を口に銜え、棍棒を両手構えに直す。
そして、野球のバットのように魔物に向かって棍棒を振り、突撃する魔物を『打った』。

「…………これは、アリなのかなぁ?」

ディスプレイ越しにその一部始終を見ていたイリアは、以前の勇者と全く違うことに気付いた。
どの勇者だって、剣や棍棒の太刀筋は一通り覚えていた。
しかし、この勇者は違う。努力の『ど』の字さえも見えない遊びの延長――そんな姿が、見えていた。

「これは、考え物ですねぇ……」

そしてジャックが最初に訪れる町の地図のデータを開き、少しだけデータを改ざんしたのだった。


ジャックは地元の村から一時間をかけて移動し、ようやく隣町へと辿り着いた。
しかし、町の様子がおかしいことにジャックは気付く。

閑散とした町。ひと一人見つからない、異常な程に静まり返った町が広がっていた。

「何なんだよ、これ……」

茫然としながら呟く。
瞬間、強い突風が吹き荒れ、思わずジャックは目を瞑った。
そのせいで当然ジャックの視界はブラックアウトする。

風が止み、再びジャックが目を開くと、一つの人影が現れていた。

「迷える少年よ、私に剣を委ねてみる気はないか?」

凛とした、綺麗な声が人影があるほうから聞こえる。
人影はやがて人の姿となり、それはフード付きのコートを来た人間だった。
声からして、女性なのだろう。

「あなたは、一体……?」

ジャックはその人間に尋ねる。

「名乗るほどの者ではない。様々な町を練り歩く一端の旅の人間だ。呼びたくば、そうだな……『マリア』とでも呼べ。呼び捨てで構わぬ。私の仮の名だからな」

それが、『勇者』ジャックと『女剣士』マリアとの出会いだった。


「仲間に、なってくれませんか?」

唐突にそんなことをいうジャック。空気を読んでくれ。

「なるわけないない。こんなヘタレ、相手にしないでよ〜?」

イリアはこのマリアという人間が出ることを知らなかった。
予想外の人間が登場した為、イリアは祈るほかない。

「…………名前を一応聞こうか」

「ジャック。ジャック・ハルベルト。魔王イリアを倒す為に旅につい先ほど出たんだ」

マリアの質問に、素直に答えるジャック。
マリアは一旦思考し、数秒後に答えを出した。

「ひよっこに身は任せられぬ。傲慢もほどほどにしろ」

答えは否定だった。当たり前といえば当たり前だろうか。

「テンプレ通りのぺらぺらな言葉じゃあ、大物は釣れませんよぉ。
 まだ経験も浅いんだから、出直しなさいっ!ってことで」

この魔王さまはとんでもないメタ発言をたまにするが、それでも正しいことには正しい。
ありきたりな言葉では人に一定以上の感情を伝えることは難しいのだ。

「……しかし、だ。お前が魔王を倒すには荷が重すぎると私は見た。
 先ほども言ったが、私に剣を委ねてみる気はないか?少しお前は軽すぎる」

「軽い……ですか」

本人も薄々自覚はしていただろうが、ジャック・ハルベルトという人間が勇者になる動機や、勇者になることについての意識は異常に軽かった。

お金と名声欲しさに勇者になることを決意し、自ら立候補したジャック。
しかし、その浅はかな決意は逆手に取られ、双方の陰謀によって彼は勇者となった。

勇者となることが決まってからは遊びほうけ、村の人間に事有る毎に自分が勇者となることを自慢していた。
それに怒った幼馴染みミーナは魔王さまに密かに会いに行き、自分を幽閉してくれるようにと頼んだのだ。つまるところ、『狂言誘拐』というものだ。

それでいくらかはやる気にはなったものの、向上しようとする兆しは全く見えなかった。

「勇者にしては幾分頼りないし、ぶっちゃけてしまうと、弱い。だから私がその根性ごと叩き直してやろうと言っているのだ」

自らを理解していないジャックに苛立つマリア。このままだとたった四ページでジャックが死んでしまう。それだけは避けたいところだ。

が、人間というものは危険が押し迫る時は第六感により感知することができるようで、惜しいことにジャックは怒りのオーラを感じ取った。

「け、剣を委ねるってどういう事だよ?というか貴女は本当に誰なんだ?」

「私がお前に剣術を教えてやる、ということだ。私の事は気にするな。お前のような弱者を救済するのが私の仕事だ」

フードのせいで表情は余り見えないが、口元が綻んでいるのがジャックと、ディスプレイ越しにいるイリアは確認できた。

「私の仕事が一つ減りましたぁ!やったね♪」

回転する椅子でイリアは回転し、嬉しくなったのかどんどん加速していき、結局自滅した。

「ふえぇーっ……。気持ち悪いよぉ……」

頭の弱い魔王さまはさておき、ジャックはその間にマリアの修行を受けることを決意し、その旨を伝えていた。
それに対し、マリアは

「了解した。私も出来ることはしてやろう」

と言って、剣を構えた。
黒く光るその剣は見るからに抜群の切れ味で、剣の上に乗った何かが二つに割れるというような設定が付きそうなものだった。

「早く来ぬか。お前の性根、叩き潰してやる」

案の定、ジャックはビビって動けなくなっていた。
小型の魔物でビビっているぐらいだから本当に情けない。

「い、いや、今から、行きます……よ……?」

そう言いながらもガタガタ震えて動く様子はない。
そこでマリアはゆっくりとジャックに向かって歩き始めた。

最早ジャックにとって歩く恐怖となったマリアは一歩、また一歩と近づいていく。
ジャックは後ろに下がるも、マリアはそれを越えるスピードで前進する。

刹那、スピードを急速に上昇させ接近するマリア。
それに微動さえ出来ないジャックを空いている左手で軽く押した。

呆気なくジャックは倒れ、そのままマリアにマウントポジションを奪われる。
そしてマリアはジャックの首から数ミリしか離れていない地面に自分の剣を突き刺した。

「……せめて抵抗ぐらいはしてくれ。勇者がこんなにも弱くては魔王に笑われるぞ?」

実際にはもう笑われている。時既に遅し。

「いや、俺少し怖がりなんですよ……」

「嘘はいけない。少しじゃなくて、かなり、だろう?」

ニヤリと笑い、顔を接近させるマリア。
ジャックは既に見透かされていた。見透かせない人間がいたら見てみたいものだが、ヘタレたる所以はここにある。

「私の家に来い。暫く面倒を見てやろう。お前のようなヘタレを見ていると、世話が焼きたくなる」

地面から剣を抜き、マウントポジションから解放する。
茫然とするジャックをよそに、マリアはまた閑散とした町の中を歩いていくのだった。


やがて、二人はマリア宅に到着し、その中へと入っていった。

その行動を見たイリアは困っていた。
今まで小型の追跡型カメラでジャックを追っていたのだが、部屋の中には入れない。
しかもマリアという自分が頼んでもいない人間が出てきたので余計だ。何をされるかが予想できないというのが大きな痛手だろう。

「お仕事が増えたのか減ったのか……よく分からない展開になりましたねぇ〜。
 とりあえず、出来るだけの監視はするべきかなぁ?」

出来るだけカメラのマイクをマリア宅に近付かせ、少しでも多くの情報を得ようとするイリア。

「…………しかし、私の仮の名というのは――」

マリアの声だった。幾分小さな声だったが、壁を通しているので仕方がないということだろう。

「ではどのような――」

それに続きジャックの声が聞こえる。しかし壁のせいで少しでも声量が小さくなると聞こえなくなる。

「………………グレイパール…………ハルベルト………」

イリアは自分の苗字を呼ばれたことに驚く。ジャックの苗字も一緒に呼ばれたのがイリアには一層の謎だった。

「……メリー・ハルベルト」

そして、イリアを更なる混乱に落とし込む一言。
少なくとも『メリー・ハルベルト』という人間が存在しないのだ。
ジャックの身内は既に調査済みで有るというのに、隠し子がジャックの両親にはいたのだろうか。

「分かんない……展開が急すぎて訳がわかんないよぉ!」

無人の管理棟に、とある魔王さまの叫びが木霊した。
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匿名読者
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