勇者がヘタレなので一式の装備を初期から揃えさせておきたい
★6
勇者は魔王を倒す。
RPGゲームだけでなく、小説でも王道となりつつあるパターンである。
苦悩と挫折を強いられながら闘う勇者の姿は、煌めいて見える。
しかし。
その中で全くもって注目されない人間がいるのだ。
今までに幾多のゆとりプレイヤーの頭を悩ませた煩わしい存在……。
そう、魔王である。
様々な強力な魔法を使い、しかし鬼畜といえども最後は儚く散る、話の歯車となるたった一体のモンスター。
これほどに不遇なキャラはいないのではないのだろうか?少なくとも作者自身はそう思っている。
それが分からないのなら、今からその壮絶な魔王さまの一部始終をご覧差し上げよう。
「あー、ついに勇者さんが村を出発しましたぁ!」
真っ黒な服に身を包んだ160センチ辺りの少女。
黒いリボンを付けた紫髪のポニーテールに、ふっくらとした頬。豊満な胸や腰のくびれは見る者を誘惑させる。
赤より深い紅の目は、見る者を吸い込んでしまいそうな不思議な力を秘めた目。
この人物こそが我らが魔王さま、「イリア・グレイパール」である。
イリアは勇者――『ジャック・ハルベルト』が映るディスプレイをうっとりと見つめながらも、キーボードを叩いていた。
その作業中、黒色の携帯が鳴り響く。それをイリアは右手で取り、親指だけで携帯を開き、通話ボタンを押した。
「もしもしこちら魔王、イリア・グレイパールさまですぅ!ご用件はいかがなものでしょうかぁ?」
異様なハイテンションでイリアは電話に応対する。
『こちらA-01部隊です。ジャック・ハルベルトが出発致しましたが、いかがなさいましょうか?』
電話の主はエンカウントモンスター――フィールド、マップ上に現れる所謂ザコ敵だが、その集団の中のリーダー格になるモンスターからだった。
「通常配置でお願いしますぅ。出来るだけ悟られないように、タイミングに注意してくださーい。
只今フラグ処理中なので、もうしばらく余裕があると思います。だからよくよく会議を進めてくださいねぇ〜」
『了解しました。それでは魔王さま、ご無事で』
「幸運をお祈りしていますわぁ〜」
電源ボタンを押し、通話を終了させる。人差し指のみで携帯を閉じ、机の上に丁寧に置いた。
「ジャックはヘタレだから、私の元まで来ますかねぇ?」
うーん、と頭をカリカリと掻きながらイリアは画面を覗き込む。
画面にはジャックとその家族が談笑しているのが見えた。
しかし、その画面に映るジャックの表情は恐れというよりも怯えの表情が現れていた。
おそらく今からイリアに立ち向かうという恐怖心がジャックを煽っているのだろう。
「もぉ、ジャックぅー。今からビビってどうするのよぉ。
まだ何もやってないのに、ガタガタ震えてちゃ幼馴染みは救えないわよぉ?」
そんな一言をぼそっと呟いた後、イリアはディスプレイから離れ、管理棟から外に出た。
イリアは鍵をかけたワープゾーンへと入る。
そこには七つの魔方陣が描かれており、そのうちの一つの上にイリアは立つ。
するとそれに魔方陣が反応し、眩いばかりの光を発する。
そしてイリアはその場から光となって散ってしまった。
「ミーナ、お元気してますかぁ?」
地下の牢獄に鳴り響く、甲高い、似つかない声。
イリアはたった一つしかない独房に近付く。
「この通り、元気です」
天井と壁につくられた両手両足の枷によって拘束された少女が如何にも機嫌の悪そうな声で応答した。
この少女の名前は『ミーナ』。人質として監禁され、今回ジャックがイリアを倒しに来るのもミーナを助けるためである。
というのも、ミーナはジャックの幼馴染みであるからだ。
「そっかぁ、元気してるならいいやぁ。ご飯は後で買ってくるから待っててねぇ?」
イリアは「魔王さまのお買い物ターイム♪」と言いながらその場を後にした。
「朝ごはん……和食だといいのですが」
完全にイリアが出た後に、ミーナはぼそっと呟いた。
管理棟に戻り、ディスプレイをチェックするイリア。
「んーとぉ、フラグ1が処理完了……っと。村から出るまでフラグをあと二個処理しなきゃいけないからぁ……」
画面に出ているフラグ一覧とシステム管理プログラムを一通り眺め、
「よし、間に合いそう。行っちゃいましょーっ!」
リモート操作へと切り替え、机に置いてあった携帯を右手に持ち、再び部屋を出た。
―――――――
〜グレイパール城・城下町〜
「おっかいものー、おっかいものー!」
魔王さまがいる城の城下町は絶対に魔王さまによって破壊しつくされている――あのありがちな設定、実は魔王さまが勇者を来るタイミングを見計らって自分で破壊しているのだ。
「あっ、おはようございます。イリア様、今日もミーナちゃんの?」
「そうなの!今日は何がオススメなのぉ?」
魔王さまだってそんなに楽じゃない。勇者の両親が子どもを産んだらその直後に魔王さまの元へ手紙を送る。内容はこうだ。
『私たちの子どもをどうか勇者にしてあげてください。
立派な子供にしてあげたいのです。よろしくお願いします。』
こんな手紙が十五年に一度、グレイパール一家の元へ来るのだ。
そして今回はイリアの番であり、競争率百倍とも言われるたった一人の勇者がジャックというわけだ。
そして勇者となった人間の素行、性格、人間関係、体力等々をさもストーカーかのように調べあげ、それに基づいて魔王さまは勇者候補を勇者へと導いていくのだ。
「今日は洋食セットが安いよぉ!和食セットも少々値は張るが食材はいいものを使ってるからオススメだぁっ!」
この弁当を売る男の料理はかなり美味いと評判だ。値段もお手頃、までとはいかないが、値段以上の価値があることは断言しよう。
「洋食セットと和食セット、一つずつ下さいっ!!」
「毎度ぉ。1000EXだよ」
今の金銭感覚で言えば、一円=1EX(エクス)である。
つまるところ、円=EXと考えてもらえば簡単だ。
イリアは『1000EX』と書かれたお札を渡し二つの弁当を受けとると、「また来るねぇ!」と言って城下町を立ち去った。
お弁当を持って城へと戻るイリア。しかし……
「ふえぇっ……疲れましたぁ」
あまりにも体力が無さすぎた。
この魔王さま、それでも自分が一番強いと思ってるから厄介だ。
しかもそこそこ強いし。
「魔法使っても階段上らないといけないし、迎えに来てもらお……」
携帯を開き、短縮で城へと電話をかける。
『只今、電話に出ることが出来ません。ピーという電子音――』
「嘘つきーっ!誰かいるでしょー!?」
イリアは電話の送話口に向かって叫んだ。
確かに城から出る前には人はいた。守衛兵だけだが。
「………………電話に出れる人は居ないのを忘れてた☆」
てへっ、と一瞬だけ笑うもその笑顔は一瞬に崩れ、軽く泣きそうな顔になっていた。
イリアの体力からして歩くことは絶望的なので、結局魔法で行けるところまでいくことにした。
〜グレイパール城・城門〜
門の前に突如、魔方陣が現れる。
それに二人の門番は驚き、臨戦体制をとるが、イリアのものだと分かるとすぐに元の姿勢へと戻っていた。
「お帰りなさいませ、イリア様」
「只今帰りました〜っ」
門番は深々とイリアに頭を下げる。それに対してイリアは左手を挙げ『ご苦労さま〜っ、今日も一日頑張りましょうっ!』と言って門を過ぎ去るのだった。
そして肩で息をしながらも自分が作った城の中で散々迷い、ようやく管理棟まで辿り着いた。
「も、もうダメ……」
椅子に浅く座り、もたれる。しばらくするうちに体の位置がずれていき、遂には腰掛けの部分に頭を打ち付けてしまっていた。
それによってイリアの眠りかけていた脳が再び覚醒し、意識を取り戻したイリアはディスプレイを慌てて見始めた。
「少し町から出る様子ではなさそうな……ヘタレーっ!ジャックのヘタレー!」
そんなことを言っていると、ジャックはいきなりカメラ目線になり、ディスプレイ越しにジャックとイリアが対面する形になる。
「あっ、マイク切るの忘れてたぁっ!」
ジャックを監視するカメラにはイリアの言葉を出来るだけ早く伝えるため、スピーカーがついている。
しかし、何かの拍子に普段切っているはずのスイッチが今に限って入っていた、ということだ。
「この際言っておく、私の名前はイリア・グレイパール。この世界を支配する魔王さまだ!ジャック、ミーナを返してほしくばさっさと私のところまで来なさいっ!以上、魔王さまからのお知らせでした〜っ」
やや間抜けなお知らせだったが、イリアは言いたいことが言えたので満足している様子だった。
スピーカーのスイッチを切り、満面の笑みで画面を見つめるイリア。
画面越しに見るジャックの住む町には動揺が走っていた。
混乱、あるいは混沌。そんな空気が町を襲っているようだ。
その状況を見て満足したイリアはミーナへと弁当を届けるため、牢獄へと向かった。
「イリア・グレイパール!俺は、お前を絶対に倒す!」
そして、ジャックはその混乱を鎮めんとばかりに監視カメラに向かって指を差し、大声で言い放つ。
しかし、そんな言葉も虚しく、牢獄に向かったイリアの耳には全く入っていなかった。
「今日の朝御飯は何?」
「和食なら右手、洋食なら左手を……って、枷が付いてたか……」
一旦床に弁当の入った袋を置き、首にかけていた鍵を手枷に差し込み、拘束を解除する。
「和食のほうを下さい。今日はそんな気分です」
「はいはーい」
床に置いた袋を持ち上げ、袋の中から和食の弁当を取り出す。
「500エクスねぇ。また親御さんに連絡しておきますからぁ」
「あ、魔王さま!ちょっと待ってください!」
弁当を渡し、帰ろうとしたイリアを制止するミーナ。
「何ですかぁ?」
その呼び掛けに応え、イリアは振り向く。
「あの、その……いつも、ありがとう……ございます」
イリアは何に対して感謝をされているのかが直ぐに分かった。
「それくらいで魔王さまの器を計ってはいけませんよぉ?私は、『ごくあくひどー』なんですからっ♪」
そう言ってイリアは牢獄を後にした。
その姿を見て、ミーナはくすり、と笑っていた。
弁当を包むラップには『和食Aセット 700EX』と書いてあった。
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匿名読者
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