勇者が弱すぎる故に魔王さまは手助けをしたくなる
★6
――一方、勇者ジャック。
「――という訳で勇者になったんですが……」
「ふぅん、早い話、私利私欲か。最近の若い人間は全員こんなろくでなしばかりなのかと思うと……この世界も危ないな……」
少なくともこれ程に落ちこぼれているのはジャック・ハルベルト、ただ一人だと思う。
しかもこの人間が魔王さまを退治すると言うのだから、心配が折り重なるのも不思議ではない。
「弱い、ヘタレ、外道。これ以上に情けない勇者なんて私は見ることはないと思うし、仮にいたとしても世話なんて焼かないね」
至極ごもっともな意見だった。
逆に何故こんな人間が勇者なんていう大層な職業になったのか、その本当の理由は決して分かる筈もない。
そんな容赦無いマリアの言葉にジャックは反省の色を少しだけ浮かべていた。反骨精神を浮かべるでもなく、開き直る様子もない。
「どうしたら――」
静かにジャックは口を開き、マリアに問いかける。
「どうしたら、強くなれますか?」
その言葉を聞いたマリアは、一瞬驚き、しかし次の瞬間には笑っていた。
「……ふっ、やはり男だな。これ程に言われて何もしないのならば、本当の落ちこぼれだと思ったが……まだまだ救いが有るようだ」
その言葉を聞いた瞬間、ジャックはマリアにはっとしたような顔を見せた。
救いの手が差し伸べられた時のような、不安と喜びが混ざったような顔だ。
「そ、それはどういう意味で……」
「まずは落ち着け。私のほうまでハラハラしそうになるではないか」
落ち着きのないジャックをマリアは咎め、それによってジャックは冷静さを取り戻す。
「……落ち着いたな?」
「え、ああ、まぁ」
少々ジャックは困惑しているようだが、気にする様子もなく話を続ける。
「簡単な事だ、強くなるには実践を積めばいい」
マリアの回答はごく普通の、素っ気ないものだった。それに対しジャックはもっと奇想天外な答えを求めていたのだろうか、またもや拍子抜けした顔をしていた。
「何を気の抜けた顔をしている、私に異議があるというのか?」
自信ありげな表情でジャックをみつめるマリア。マリアの目は子供を苛めるかのような、サドっ気を含んだ目をしていた。
「い、いえ……ないです……」
一方ジャックはマリアに半ば強制的に頷かされた。ここで頷かなければ自らの身に何かが起こるのかは想像に易い。
怯えながらも頷いたジャックに満足したのか、表情を変えてにこりと笑い、
「私が基礎からみっちり教えてやろう。魔王には私も少しうんざりしているからな」
と言って、マリアは台所へと向かって部屋を出た。
――――
「……話が分からないよぅ…………」
イリアは監視カメラでの観察を諦め、間に諜謀役を挟むことにした。
機械の動作音のような音でも感づいてしまうような人間が向こうにはいるのだ、これでは熟練の偵察者(オラクル)を送る他、ジャックを監視する方法はない。
偵察者を待つイリアが右手でペン回しをして暇を潰しているところに電話の着信音が鳴り響く。
イリアはそれを素早く開き、何やら奇妙なコードを二、三本ほど接続してから通話ボタンを押した。
「はいはーい、こちら魔王イリア・グレイパールですぅ」
『イリア様、こちら第C-2部隊です』
どうやら電話の相手は偵察を依頼していた部隊の部隊長のようだ。
部隊長はそのまま事務的な感じでイリアに事情を伝えていく。
『勇者ジャックがいると思われる家の盗聴に成功致しました。今からその一部始終を纏めますので、よくお聞きください』
「流石ですぅ!!では報告をお願いしまーすっ」
興奮混じりのイリアに、部隊長はしっかりとした口調で答える。
『はっ。この中にいる人間はジャック以外に女性が一名、計二人でございます。そしてその女性はジャックに特訓を促しておりますが、本人は乗り気ではないようです』
「……え、それだけ?」
しかし、部隊長の報告に期待していたのか、イリアは心底がっかりしたような声で返答した。
『急なお呼びでしたもので、数分前に着いたのですよ。しかしイリア様が「早急に連絡を寄越せ」とのことでしたので……』
「あ…………」
本来、C-2部隊はこの村から十数キロのところにある洞窟に待機していた部隊である。
しかし、イリアのお呼びとあればエンヤコラ、例え眠りに就いていようとも、どれだけ遠くにいようとも即座に行動に移さなければならない。
それに加え、部隊というものは複数人で行動するのが基本なので、それによって行動速度も遅れるのだ。
イリアはそれを考えていなかったが故に、たった五分しかマリアの家に偵察者を張り付かせていなかったのだ。
「あともう少し張り付いておいてくださぁい。情報はできるだけ早く、無理はしないでくださいねぇ」
『はっ、それでは通信を切ります。ご武運をお祈り申し上げます』
「私からもお祈り申し上げますわぁ♪」
そして、数秒の空白の後、イリアは電話の電源ボタンを一回押し、通話を終了した。
「…………つまんない」
そして二言目にはこの言葉だ。
つい30分前からこの言葉を少なくともイリアは20回は言っている。
「もー、ぐずぐずしてるの大っ嫌い!何!?あー、イライラするっ!!」
机に置いてあるバスケットの中にある、色とりどりの果物の中からバナナを一本取り出し、皮をむいて食べ始め――るかと思われた。
「れろっ…………ちゅぱっ、…………あむっ、じゅるっ、…………ちゅうううっ!」
いきなりイリアはバナナを舐め回したり、口でくわえて吸ってみたり、と明らかに食べる以外の目的があるかのようにしゃぶる。
「…………っはぁ……。普通に食べよ」
結局は自分の唾液でベタベタになってしまったバナナをかじり、数秒もしない間に完食していた。
「本物が、恋しいですねぇ」
そんなことを呟きながら、イリアは再び机に戻り、業務を再開した。
管理棟はパソコンのキーボードを打つ音と、様々な数値の変化を知らせるアラート音のみが木霊し、イリアも真剣に仕事をしている様子が見てとれる。
――結局、その日の昼には怠けていた分の仕事を全て終わらせ、少々余裕ができるまでに資料が片付いていた。
『イリア様、12時デゴザイマス。オ昼ゴ飯ハイカガナサイマスカ?ケケケッ!』
やがて、パソコンのアラートが正午を知らせる。自分で設定したのに驚いているのは言うまでもない。
一度イリアはデスクを離れ、再び財布を持って町へと出掛けようとする。
しかし、数歩歩いたところでイリアは何かを思い出したかのように立ち止まり、何かに納得したかのようにポン、と手を叩く。
「そういえば、今日は屋敷に料理人さんが来るんでしたぁ♪早く食べたいなぁーっ!!」
イリアは上機嫌で管理棟を後にし、ミーナを呼びに行くため、牢獄へと向かう魔方陣へと一直線に走っていった。
……
…………
………………
……………………
――グレイパール城、地下牢獄
一人の少女と若干名の警備兵しかいない薄暗い牢獄にイリアは再び来ていた。
「イリア様、見回り御苦労様です。何か御用でしょうか?」
入口に構えていた警備兵の一人がイリアに用件を尋ねる。
「ミーナを呼びに来たのっ。今日の食事会に呼ぶんだよ♪」
「左様ですか。どうぞお通り下さい。監獄の鍵と枷の鍵です」
イリアの目的を聞いて警備兵は朗らかな表情を浮かべながら、イリアに一通りの鍵を渡した。
――コツン、コツン……。
コンクリートとブーツが擦れる無機質な音が牢獄一帯に鳴り響く。
その音は本来ならば恐怖の音を示す。例えば、極悪非道を尽くす悪の魔王が近付く音なんかが妥当だろう。
しかし、この牢獄に限ってはそうではない。お人好しで、寛大な心を持つ、『魔王さま』が近付く音――希望の音だ。
「ミーナ、私と一緒にご飯を食べよっ!」
牢獄越しにイリアの言葉を聞いたミーナは、これまでの無表情が嘘かのように一転、明るい表情へと変わった。
「い、いいのですか……?その、私なんかが一緒にさせて貰っても」
「いいのっ、私が良いって言ってるんだから!……ほいっ」
ミーナの戸惑いの声に対し、イリアは牢獄の鍵を解錠し、四肢の枷の鍵も解錠しながら、さも自分がルールかのように答えた。
足枷の鍵を解錠し、イリアはミーナに向かって手を差し出す。
「ほらっ、一緒に行きましょう♪」
そんな無邪気な魔王さまの様子にくすり、とミーナは笑い、
「…………はい!」
手を差し出し握り、イリアと共に牢獄を去り、大食堂へと向かった。
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